芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

親水公園にて その23

あなたといっしょにいるのが とても楽しくて   別れるなんて 心に浮かびもしなかった これっぽっちも!   そうなんだ 長い歳月 愛しあったので もう 愛しあうことしか出来なかったんだ  

頭 覚醒

頭が澄んでいる 透明な空間が拡がっている 光っている 2022.9.5.23:54 頭 緊張 このまま 破砕するのではないか 破砕…… 2022.9.6.03:34 頭 覚醒 2022。9.6。03:50

眉間

 洗濯機だとばかり思っていた。  衣類を投げ込んだ時、思った以上に底が深いのに気が付いた。そればかりではなかった。穴は垂直な小さい空間ではなく、かなり深く、横にも広がっていて、果てが見えなかった。薄暗く、荒れ果てた、広大

親水公園にて その22

あなたがもうこの世にいなくても 雲はきれい   この空も この雑木も また 足もとに咲くこの九月の花も   きれいは きれいだった     *今日のお昼ごろ、いつものように親水公園

ミシェル・フーコーの「精神疾患と心理学」

 私はこれまで、デヴィッド・クーパーの「反精神医学」、ロナルド・D・レインの「自己と他者」、また、彼等に影響を与えたサルトルの「方法の問題」、こういう順序で三冊の本を読んできた。これらの著作に共通して主張されている事柄は

親水公園にて その21

この歳になって わたしにも やっと わかった   誰でも みんな 自分なりに けんめいに 生きてるんだ   よし わたしも 今夜 あの女に手紙を書こう     *夕方、五時過ぎ、親

親水公園にて その20

大切な人を 喪うということは   自分の中心が 穴になることだ   その穴には 八年間 毎日 苦痛が座っている   けさも 苦痛はあぐらをかいたままで おはよう なぜか優しく そう言った &

「芦屋芸術十五号」が出来ました!

 本日、「芦屋芸術十五号」が出来ました。内容は以下の通りです。     カアカアと、このひとときを(続)   詩画集 原始の領域から   暗中を模索する その4    以上、三篇を収録しています。執筆

親水公園にて その18

あの女に 手紙を書いていた   炎天下 毎日 公園を歩きながら   頭の中で何度も書いていた そして 何度も消していた     *真昼、親水西公園の池のほとりに立って、終わりゆく夏

親水公園にて その17

愛は 言葉ではなかった   鯉も そうだった     *午後六時ごろ、親水西公園の池の鯉をスマホで撮った。まだ空は明るく、辺りは澄みわたり、この夏初めての涼しくてひたひたした夕暮れだった。も

サルトルの「方法の問題」

 先日読んだデヴィッド・クーパーの「反精神医学」、ロナルド・D・レインの「自己と他者」、この論述を読んでいて、彼等より十五年前後人生の先輩の哲学者の名前が出てきた。おそらく彼等が家族という存在を思索する導きの糸として影響

親水公園にて その16

芦屋の海に近い公園の片隅で 私は片隅なりの詩を書いている   好きなら 好きだ きれいなら きれいだ そう書いている   雲や木や風 そこに生きるあの女とお話しをする それが片隅の詩だ  

亀と三十三年半、反復した!

 雨が朝方に止んだので、曇天の下、七時過ぎ、亀の池の掃除を始めた。  池を洗っている間、きょうはなぜか私の足元にくっ付いて彼は離れようとしない。作業も後半になって、やっといつものように庭中あちらこちら散歩しだした。今度は

何故

 どうして二派に分かれて争っていたのか、私にはわからなかった。ただわかっていることは、投石や火炎瓶が渦巻き、見知らぬ暴徒が殺到する中で、私自身も争い続けていたのだった。  夜の街、いや、あれを夜の街というのか、だだっ広い

野間明子の「襤褸」

 友人山中従子の縁で、こんなステキな詩集を読むことが出来た。    「襤褸」 野間明子著 七月堂 2022年7月17日発行    この詩集の特徴は、昔綺麗な濃い空色だった薄紙がいまや変色して灰色に汚れ

親水公園にて その14

親水公園の 木立の奥から あの女が浮かんで 両脚は定かでないが こちらに向かって 笑みを描いて やって来る   狂っているのか     *夜来の雨は朝方にはあがって、降りそうでいて降らない、

親水公園にて その13

不幸を 幸福に変えることはできない だけど 不幸を表現することはできる   そのことをまた 再確認していた しばし橋の前で 空を仰いでいた     *もう夏の終わりが近づいたのか、朝から激し

R・D・レインの「自己と他者」を読む。

 先日読んだ「反精神医学」の著者デヴィッド・クーパーと反精神医学運動を共にしたこの人の本を開いてみた。    「自己と他者」 R・D・レイン著 志貴春彦、笠原嘉訳 みすず書房 2000年5月19日第22刷 &n

親水公園にて その12

 この夏は例年になく暑い日が続いた。それでも真夏日や猛暑日の真昼時、わたくしは毎日親水公園を抜けて芦屋浜まで歩いている。浜の東北端のあずまやから海と空と雲をみつめている。右後方には、入道雲を背後にして六甲山が立っている。

亀さん、現行犯逮捕!

 けさ、七時半ごろから、亀の池の掃除を始めた。ご飯の食べ残しや、彼の汚物、夏の炎天下、一週間前後にわたる水の腐敗。ポリエチレンの池の壁面や底砂をキレイにととのえるのに、毎回、おおよそ四十分を費やしている。その間、亀は自由

いのちの火

まだ燃えていた あなたがいて また もうあなたがいない場所には 骨だけが残り 座っていた 笑っていた 確かに まだ燃えている わたしのこころと あなたの骨が 未明 輝きあって 重なりあって やわらかく開き ついに ふたつ

クーパーの「反精神医学」を読む。

 先日、「臨床精神薬理」第25巻4号(星和書店、2022年4月10日発行)を読んだ。また、その読書感想文を「芦屋芸術」のブログに私は書いた。結論から言えば、所謂「統合失調症」という病の原因は不明だった。あれこれ推論はある

亀と白いキキョウ(続続続)

 朝方、豪雨がやって来た。しかし私は、この土曜日の午前中に二つのお願いを胸に秘めていた。  一つのお願いは、週に一回やっている、庭の池の掃除をやりたかった。もう一つのお願いは、洗濯だった。九時前にはパラつく程度の空模様に

親水公園にて その6

夏の 朝 かよいなれた小径 ここでは 雑木と風と蝉が交響してる   ソレは サーミン ザワミン ザクミン だ     *写真は、朝九時過ぎ、親水中央公園から親水西公園へ向かう小径。

親水公園にて その5

この道を 十九年間 ほとんど毎日歩いた   十一年間は ふたりで 残る八年は ひとりだった     *朝九時過ぎ、我が家の南、親水公園の散歩道をスマホで撮った。芦屋浜にもこの道を歩いて出た。

親水公園にて その3

雲は にぎやかだ そう思うときもあり   雲は さびしい そう思うときもあった   雲は きれいなあ きょうはそう思った     *親水公園から、正午の空を撮った。

「臨床精神薬理Vol.25,No4Apr.2022」を読む。

 まったく個人的な理由だが、私は所謂「統合失調症」に深い関心を持っている。「芦屋芸術」のブログにもヤスパースやビンスワンガー、ミンコフスキーのこの病に関する論文の読書感想文を書いた。また、周知のとおり、ヘルダーリンやスト

親水公園にて

 空は  ひとりぼっちなのに  たくさんの雲を  受け入れている  とても不思議だった    *写真は、近所の親水公園で。炎天下の真昼、木陰から空を撮った。

芦屋の花火大会

 昨夜の七時四十五分から八時半まで、近くの芦屋浜で久しぶりに花火大会があった。このところ、毎年恒例だった花火大会がコロナで中止になっていた。  暗い空で破裂し散乱する豪華な火花を、道路の脇に座って、私は見あげていた。

スライスされたもの

 体は冷たくなっていた。  先ほどまではまだガタガタ震えていたのだが、ぴたりと静止したまま、カチカチ固くなっていた。また、絶え間なく刻む音がした。それは時計の秒針ではなく、刃物に似た鋭い先端がカチカチ固まってしまった体を

えっちゃん、カアカアが来たよ!

 雨中の食後、小半時くらいして、カアカアは我が家のウッドデッキまで遊びに来ました。きょうは亡妻えっちゃんの八年目の命日です。私は仕事を休んでいました。雨風をいとわず、カアカアは足を運んでくれました! えっちゃん、カアカア

カアカア、風雨の中で。

 強い風雨の中、午前十一時半ごろ、カアカアが来た。吹き飛ばされそうな傘を手に、庭の食卓に彼のご飯を置いた。うれしそうな眼でじっと私を見つめながら、顔を上下させて、彼はそれを食べていた。

「芦屋芸術十五号」編集・校正、終わりました!

 本日未明、三時過ぎに起床。表紙から作品、編集後記まですべてを見直し。若干の修正をして、「芦屋芸術十五号」の編集・校正を完了。ワードの原稿をPDFに変換して印刷会社に送ればもういつでも本に出来る。  ただ、七月に入って急

「お伽草子」を読む。

 ハイネの「ドイツ古典哲学の本質」で民話について言及されていたことは既に私はブログに書いた。また、それに触発されて先日読んだ岩波文庫の「日本昔ばなし」全三冊の流れの中で、さらに日本の民衆の考え方・感じ方を学ぼうと、この本

商店街

 商店街に来て気づいたことがある。  商店街には人気がない、誰もいない。さまざまな店が並んでいるが、看板が見当たらない。店名がわからない。何を営んでいるのか、どんな商売をしているのか、そもそも店を開いているのかどうか、ま

「芦屋芸術十五号」を出版します!

 「芦屋芸術十五号」を出版します。  発行予定日は九月二日です。  作品は以下の三篇です。     ・カアカアと、このひとときを(続)   ・原始の領域から   ・暗中を模索する その4    作品は

亀と白いキキョウ(続続)

 明日の予定だった庭の池の掃除を、今日することにした。明日は近所の親水公園の花壇の手入れ。おそらく十時前後からお昼の十二時を過ぎるだろう。この暑さではとても池の掃除まで手が回らない。手を出すと、倒れるかもしれない。熱中症

「詩的現代(第三次)」第41号(通巻)を読む。

 山中従子さんから詩誌が送られてきた。    「詩的現代」(第三次)第41号(通巻) 編集・発行 詩的現代の会事務局    この詩誌は、三十一人の作家で詩作品五十一篇、詩誌評一篇、評論一篇、エッセイ二

混乱する衝動

 工場街の一角にある事務所から私は電話をしていた。 「あら、わざわざ電話してくれたのね。うれしいよ」 「どこへ行けばいい?」 「前のところ。<コクサイ>まで来て。夕方五時半ごろ、そこで待ってるわ」  おかしな話だが、携帯

亀と白いキキョウ(続)

 いつものように、けさ、庭やそれに面した歩道を箒でキレイにした後、亀の池の掃除にとりかかった。先週の日曜日からちょうど一週間たっていた。  掃除が完了すると例のごとく、しばらく亀と遊んだ。庭を探検するのが大好きな彼は、先

カアカア、捨てられた家。

 六月五日以来、三日か四日に一回、妻のカアカアだけが一人で我が家にやって来る。もう甘えた声を出さない。無言で、辺りの様子をうかがっている。急いでご飯をほおばり、以前のようにオカワリを催促しないで、あわてて飛び去って行く。