芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

クザーヌスの「神を観ることについて」再読

 この無宗教の私が、はたして神を観ることが出来るのだろうか? そのためには、いかなる有効な方法があるのだろうか? 今回再読した本にはそのヒントが提言されている。その一例をあげてみよう。  旧約聖書の冒頭の「創世記」には、

六甲山、果たせなかった約束。

 六甲山には懐かしい思い出がある。  まだ三十代前半の頃、私たち四人家族は休日のたび、よく六甲山のハイキングに出かけた。リックサックに簡単な昼食、例えばおにぎりとかカップヌードルなどを詰め込み、さまざまなコースを歩いた。

夜の海

なるほど この坂は なだらかではあるが いつまでたっても 下降するばかりだった けっして 全身 おおげさな身ぶり手ぶりで 崩壊するのではなかった 崩壊する前に すでに沈んでいるのだった 両手 両足に 海の藻がからみついて

ダンテの「神曲」再読

 昔、半世紀前、二十歳頃に読んだこの本に、おそらく少なからず影響されていた、私はそう振り返る。こんな個人的な話を続けてオシャベリしてゆくが、私は二十二歳の時に書いた「ハンス・フアプーレ」という作品を去年の十月二十五日に発

言葉と靴

言葉も靴も 人間の脳から生まれた 靴は 足の数だけ必要なので 大量生産しなければならなかった 一方 言葉は 無数の脳の中で さまざまに変化して生きてきた

私は出かけた

私は出かけた 上から五十年前の武庫川を見下ろしていた もし帰れなくなったらどうしよう そんな不安な気持がした 芦屋の我が家から 西宮の武庫川まで 一瞬だった 私は臆病になった 早く帰ろうとした いや もう帰りたいと焦燥し

海の上の星

 この十一日の木曜日は、上弦の月と木星が最接近するはずだったが、あいにく、天候に恵まれなかった。翌十二日もあいかわらず曇っていて、ときおり雨が降っていた。  きょう、十三日、朝から晴れ間が出ていたが、午後二時くらいには曇

月と金星が遊んでいた。

 きのうの天気予報では、今夜は曇り、そして雨だった。  ところが、天の五割くらいはあちらこちら雲が浮かんで空を覆っているが、開いた空間には、木星や土星、夏の大三角ばかりか、南西の空に月と金星!  夕方の五時半くらいから芦

月と金星の夜

 きょうは立冬だといっても、このところ暖かい日が続いている。  あすは、月と宵の明星が最接近する日だが、どうやら空は曇りそうだ。一日早いけれど、午後五時過ぎ芦屋浜に出て、暗く沈んでいく黄昏の空を仰いだ。  南西の空に月と

夜の池

精神が崩れ落ちるのが見える   かさぶたははがれ   両眼だけが浮かんでいる   松が二本 倒れていた