芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「逸見猶吉詩集」再読

 この詩人の故郷、谷中村は水没した。  周知のとおり、足尾銅山鉱毒事件に対して田中正造が中心となって村民と共に公害運動を闘っていたが、鉱毒を沈殿させるという名目で政府が谷中村に遊水地を作る案が出たため、一九〇四年七月三〇

心が明るくなる

 断崖だった。……  未明、いちめん、寝起きの頭のようにぼさぼさした荒地を歩き続けていた。あちらこちら、まばらな枯れすすきが、風もない無音の状態で、ふにゃふにゃ、ふにゅふにょ、巨大な糸みみずになって蠢いていた。  眼下は

オリオン

 おそらく午前四時半頃だろう、十月に入って、朝刊を取りにいくため、玄関を出て門扉の郵便受けまでのあいだ、まだ夜明け前の上天にオリオンが輝いている。  もう六十年余り昔の話だが、戦後まもなく荒地に建てられたバラックに近い我

「吉田一穂全集」第二巻を読む

 この本は、四篇に分けて構成されている。すなわち、「試論篇」、「随想篇」、「雑纂」、「草稿」。  定本「吉田一穂全集」第二巻 昭和57年12月20日発行 小澤書店  もう少し詳細に紹介すれば、「試論篇」は、二冊の単行本と

ショーロホフの「静かなドン」を読む

「これって、とんちゃん向きじゃないと思う」  もう四十年余り昔のこと、三十歳になったばかりのえっちゃん、これはボクのワイフの通称だが、ボクのような人間、つまり「とんちゃん」はこの本なんて読まなくっていい、そう言い切って、

芦屋浜・正午

十月だというのにまるで初夏のような青空と雲の下、ボクは堤防の階段に座って海を見つめていた。えっちゃんが亡くなって四年余りたって、初めてこの階段に独り座ることができた。  正午は  頂点から  青色の球を描き  海は  太

夜の詩

夜中に眼がさめた 誰かが唄をうたっていた 綺麗な声だった こんな言葉が流れてきた  愛が消えたら  心が消えた

風邪の朝に

めまいがして 立ちくらみがして 久しぶりに仕事を休んだ でも すっかり日課になってしまった 花の水替えがトテモ心配になり ふらふらしながら ダイニングの東窓の飾り棚にならんでいる えっちゃんの遺影と骨壷 ジャックの骨壷と