きょうも お昼の散歩の終わりは なぜか きのうと同じ花壇へ もう一度だけでいいから いっしょに歩きたい そう思った *写真は、きのうと同じ公園事務所近くの花壇。
月別: 2023年5月
きょうはひとりでやって来た
九年前まで とんちゃん ちょっと 花壇 寄っていい 花が見たくなったの その花壇に きょうはひとりでやって来た *きょうのお昼ごろ、曇り空の下、総合公園入り口付近にある花壇をスマ
「黄昏氏の登場」前置 その雰囲気
真昼にもたそがれ時のように躓き 死人のように暗闇に座る イザヤ書五十九章十 前置 その雰囲気 &nbs
微熱がある状態。咳。目まい。
昨夜は、午後六時半からベッドに横たわった。五時過ぎ辺りからフラフラしていたが、少し散歩に出て、海を見つめ、横たわるのを先へ引き延ばしていた。 きょう、朝四時前に目覚めた。家事と二十三歳の時に書いた原稿をワープロに打ち
微熱、咳、目まいの下で
先週の土曜日の夕刻から火曜日の朝まで寝込んでしまい、それ以降、断続的に寝たり起きたりしている。ちょうど一週間目のきのうの土曜日は午後六時ごろ寝て、今朝四時過ぎに目覚めた。家事から始まって二十三歳の時に書いた原稿を五十年
「芦屋芸術十七号」を七月一日に発行します!
「芦屋芸術十七号」の編集・校正を終わりました。今回は四人の招待客に参加してもらうのですが、さまざまなことを考える機会になりました。詳細は書きませんが。ただ、先週の土曜日の夕刻から寝込んでしまい、日曜日・月曜日はまったく
五枚の皿
これは一見するとミルクだが、ミルクだけじゃない。何か混ざっているのか、いったい何を混ぜたのか、記憶にない。ミルクを片手鍋に注いだはずだ。そんな遠い昔ではない。ほんの数分、いや、ついさっきの話ではないだろうか。 ここま
わかった
悲しみを消すことが出来ないように 喜びも消すことが出来ないのが わかった *写真は、2018年10月9日、我が家のダイニングテーブルの上で遊ぶアニー。十八歳。おおよそ二年後、彼女
南の縁から
見えないコップに 酒を注ぎ入れている テーブルは南に向かってやや傾いているので 酒は流れ 南の縁から零れ落ちてゆく
「別冊 詩的現代」を読む。
藤井章子さんから詩誌が送られてきた。 「別冊 詩的現代」 発行所/詩的現代編集部 2023年5月15日発行 一通り読ませていただいた。本誌は評論系の文章がいい、そう思った。とりわけ嵩文彦
「リヴィエール188号」を読む。
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「リヴィエール188号」 発行所/正岡洋夫 2023年5月15日発行 十四人の作家が十五篇の詩を発表している。エッセイは六篇。まは、表紙裏には川本
黄昏氏の登場
真昼にもたそがれ時のように躓き 死人のように暗闇に座る イ
ことしも、ミニバラが。
ことしも、亡妻が遺したミニバラが咲き始めました。九年目の春。 お昼ごろ、ミニバラを一輪切りました。 我が家のダイニングの東窓の飾り棚にはまだ亡妻の骨壺と、その左右に愛猫アニーと愛犬ジャックの骨壺が立っています。亡妻
亀さん、白いキキョウの前を。
きょう、お天気がよかったので、お昼ごろ、亀の池の水替えをしました。暑いくらいで、もう初夏がやって来たのではないか、この地方に住んでいる人ならきっとそう思ったに違いありません。 三十四年目の春を迎えた亀さん、とても元気
宮武孝吉の詩集「内場幻想」を読む。
不思議な縁で私はこの詩集を手にした。詩集に添えられた著者のレターでは、去年の三月まで千葉詩人クラブの理事をしていたこと、そしてこの不思議な縁の結び目は、私が去年の十二月十五日に芦屋芸術のブログに書いた「千葉県詩集第55
永井ますみ詩集「夜があける」を読む。
新型コロナが日本に上陸して三年余りが過ぎた。この間の著者なりのコロナに対する思いをつづったのが以下の詩集だった。 永井ますみ詩集「夜があける」 永井ますみ著 山の街企画発行 2023年5月15日 &nb
弁当とその手紙
弁当が三つ。二つはダイニングテーブルの上。もう一つは流し台の右端の上。不思議なことに、これらの弁当には意味が、それもやや政治的な意味があった。 それぞれの弁当には、丁寧な字で書かれたレターが添えられている。私は、まず
私は無宗教
深夜、午前零時前後から、半覚半睡状態なのか、さまざまな人々の顔が浮かんできた。小さい時から現在までに出会った人々の顔。 顔だけではなく名前が頭の中に出てくる場合もあり、顔だけで名前は不明の人もおおぜいいた。家族や親戚
夢からさめて
きょうの未明、財布を紛失する夢を見た。それが置いてあったのは薄暗い場所だった。壁を一辺三十センチくらいの立方体にくり抜いた棚の上に保管されていた。何処かをウロウロしていたが、何処をうろついていたのだろう、再びこの場所へ
星明りの道 序詞
Ⅰ 光の小川 月光は呼び出される 森はふたたび明るくなる ひとすじ 照らされる 小道 あたかも光の小川のように Ⅱ暗くなる 雲が切れ 月の下 山と
「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」の拾遺抄を書こうと思う。
不思議な縁でお付き合いのあるフランス文学の研究者で翻訳家のN氏から、先日出版した「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」の読後の感想のお便りをいただいた。その中で、何故「この人」か、この問いが提出されていた。噛み砕いていえば、何故
事務所
何が何やらさっぱりわからなくなってしまった。 確かに見覚えがない、きっぱりそう断言するわけにはいかなかった。おそらく大阪の梅田近辺だろうが、かなり複雑な道路だった。入り組んでいた。連れの男と二人。あるいは、もう一人い
ただいま芦屋芸術十七号を編集校正中!
ただいま芦屋芸術十七号を編集校正中! 今号は私以外に四人の作家が登場します。ご期待ください。以下に名前をあげておきます。(五十音順) 榎本三知子 スミレ(ペンネーム) 野間明子 山中従子 まだ、原稿全
過失
私は今日も 花へ よけいな愛を ささやいてしまったようだ *昭和43年(1968年)4月12日作。私が18歳の時の作品。
出て来た
石を食い過ぎて 階段から転げ落ちた 腹が破れた 出て来た *十八歳のノートから