芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

浮かんでいた

ふたりのときは なにも浮かばなかった   ひとりになってから 浮かんでいた   いっぱい あふれるくらい   あなたと遊んだ さまざまなときが     *きょうのお昼、零

財布

 薄暗い長い橋を渡って、この料亭で酒を飲み、支払いの段になってから、会議があったホテルのロッカーに上着をかけっぱなしだったのを彼は思い出した。上着の内ポケットに財布が入っているのだ。店に事情を説明して、灯りに浮かんだ階段

告知日

孤独なのか 悲しみなのか わからなかった   わからなかったけれど きょうも 歩いていた     *きょうは真夏日に近い暑さだった。午後零時過ぎ。散歩の途中、親水公園の木陰に立って真昼の空を

診察室 第二夜

(博士が語る)  君はなんだなあ、結局、夢を見ているんだ、夢を。  夢を見るのはいい。だが、君のように、夢を生きちゃあ、ダメだ。わかるかい? そうだろ? ベッドから起きて寝間着姿で長靴を履いて、近所の公園で遊ぶなんて。君

診察室

(博士が語る)  正常値なんてないのではないか。すべては大なり小なり狂っているのではないか。だって、もし正常値があるなら、いつの時代でも同じ正常値、同じ常識だけで生きていけるのであってみれば、人間の世界は苦のない世界、楽

激流になるまで

 楽しい一夜を過ごした。そういえばこんな夜は久しぶりだった。酒もなかった。女もいなかった。ひとりぼっちだった。まわりは闇が囲んでいた。しかし、幸せだった。水の音がした。その音は、彼を拒絶するのではなく、和解しようとしてい

亀と蚊取り線香

 普段から毎日家で酒を飲んでいるが、誰かに誘われない限り、滅多に一人で飲み歩くことはない。誘いの手が、この火曜日と木曜日にやって来た。夕方六時頃から、はしごして、午前零時頃まで飲んだ。  きのう、金曜日は午前中だけいつも

白昼夢

夢の中を列車が走っていた 運転手の姿が見えないので きっと おもちゃの電車だ そんなことを 考えながら 列車の座席に座っていた 大きな黒犬を連れた女が 通路を左から右へ歩いて 消えた  悲鳴が聞こえた あの女の声に違いな

来世

なにがなんだかわからなくなってきた 冷蔵庫に生ハムを入れておいたのに 子ブタが座っていた ボクの左手の人差指をくわえた 一気にのみ込んだ 大きくなって 冷蔵庫が破壊された モウと鳴いた 牛が立っていた そうか ボクの来世

書けない?

 しばらく自問自答していた。書かないか、書けないか、あるいはもう書きたくもないのか、いったいどうしたというのだろう。ここ数日来、彼の頭には言葉が浮かばなくなった。不毛な自問自答だけが流れ続けていた。頭の中はもう空っぽだ。

芦屋ビーチクラブ その39

 今朝のビーチには驚いてしまった。漂流物、つまり浜は流れ着いたゴミだらけ。大きな流木もある。八時から一時間くらいの清掃作業ではとても原状回復は無理。  それでも自分たちの出来ることはすべて、やりきった。メンバー、みんな、

亀と植木屋

 昨夕、友人から電話があり、いつものスナックで落ち合った。帰宅したのは十一時半ごろだった。明日は朝八時ごろ我が家の庭の剪定に植木屋さんがやってくる予定だった。といって、もうほとんど明日になっているのだが。  朝、五時過ぎ

後藤光治個人詩誌「アビラ」18号を読む。

 個人詩誌を運営していくのは、詩作品を発表する喜びだけではなく、詩を中核にした心の全体像へ接近する喜びもあるのではないだろうか。それは丁度、一方の皿に個人詩誌を発行する労力と費用と苦悩が乗せられていて、危ういバランスが取

「現代詩2024」を読む。

 私は所謂「現代詩」と呼ばれている作品を三十代半ばあたりから余り読んでいない。従って、日本現代詩人会から送られてきたこの本に掲載されている詩をすべて読ませていただいた。    「現代詩2024」 編集・発行/日

時間への後悔

  頭が言った 侮辱するな   足が答えた ごめんなさい   尻が鳴った ほんとにごめん   不満が噴き出した 脇が濡れて   ほっぺがふくらんだ時 思わず平手打ちした   ちょっと待て 私はその手の指を見つめ

脳、それは超自然物体だった。

脳は上がってゆく すいすいしている 果てはない 脳よ お前は超自然物体だ 脳は 既に無数 それぞれの脳は 固有の宿命を生きた だから かつて無数の宿命が存在した そして今もなお上がってゆく 宇宙にちりばめられた無数の宿命

「季刊イリプスⅢrd07号」を読む。

 この文芸誌を松村さんから頂いた。私はこの4月の末に縁あって松村さんが経営している出版社澪標から「散乱詩集 一日、一詩。」という詩集を出したが、私の詩集の広告がこの文芸誌に掲載されているので送ってくれたのだろう。この文芸

危ぶない

これ以上 行き場がない 空間 空間であって もはや空間でない どんづまり 何も浮かばない  時折 ミシ ミシ という どこか 破れているのか 破れ目から 何かがやって来るとでもいうのか    

芦屋ビーチクラブ その38

 きょうは五月最後の日曜日。芦屋浜の清掃の日。  思ったよりゴミの漂着は少なかった。そのぶん、タバコの吸いガラが目立つ。おそらく暖かくなってきて、海を見つめ、タバコを一服。ステキな気晴らし。そして足もとに吸いガラ。愛煙家

亀、ジャックの月命日。

 朝八時過ぎから、亀の池の掃除。五月最後の土曜日だが、晴れわたっていて、まるで初夏の朝。  きょうは愛犬ジャックの月命日。亡くなって七年七ヶ月になる。そんな思い出を胸にして、作業を終え、亀さんと二十分くらい庭で遊んだ。

闇へ落ちる

こころと からだというが からだが すべてだった あなたのからだが ここにないから わたしは 闇へ落ちた   むしろわたしが死んだほうがよかった

たけにしよしかず個人誌「季刊ぽとり」第68号を読む。

 この5月11日に開催された日本詩人クラブ関西大会は大阪キャスルホテルが会場となったが、大会終了後の懇親会、それは夕方の五時半ごろから始まった。その折、初対面ではあるが同じ食卓に同席した竹西さんからこんな詩誌を頂戴した。

詩誌「リヴィエール」194を読む。

 出版社「澪標」の松村さんに誘われて、日本詩人クラブ関西大会へ参加した。その席上で、永井ますみさんと出会った。郵送で詩誌の交換はしているが、会うのは初めて。直接手渡しでこの詩誌を戴いた。    「リヴィエール」

「別冊關學文藝」第六十八号を読む。

 小説、短歌、詩、エッセイなど、さまざまな作品で構成されているこの文芸誌を読んだ。   「別冊關學文藝」第六十八号 編集人/浅田厚美 発行人/伊奈忠彦 2024年5月10日発行    読みごたえがあっ

ジョン・クレランドの「ファニー・ヒル」を読む。

 この小説は周知のとおり一七四八年に獄中で書かれ、その年に第一部、翌年に第二部が発行されたが、猥褻文章として発禁処分となった。その後百年以上にわたって再販が認められなかった本である。    「ファニー・ヒル」 

亀と遊ぶ。

 けさは快晴で、八時ごろから亀の池の掃除を始めた。作業をやっていると、汗ばんでくる。  亀はよく遊んだ。あちらこちら歩き回った。冬眠から目覚めて二か月近くになって、ごはんもそれなりに食べ、動きも見違えるようになった。  

ある発生論

 しばらく命とそれに応答する身体について論じてみよう。この学説は、ちょうど三日前の夜、シャワーを浴びてくつろいでいた際、突然ひらめいたものである。    爪が伸びるというのは 生きている証拠だ。  爪を切るとい

芦屋芸術二十号を出版します!

 芦屋芸術二十号を七月一日に出版します。編集・校正の作業は終了し、後は印刷会社へ送るだけです。  内容は以下の通りです。      contents <招待作品> ほのかに薫る花冷えの回遊      

ふとんの中へ

水が 届いてくる ふとんの中まで   ひとすじ 流れて 流し台から落ちていたり やかんに溜まっていたり   耳をそばだてれば 家じゅう あちら こちら 水音が聞こえてくる   今夜は なぜか

もうちょっとだけ

あと三十分だけ やらせて そしたら はいっていく   森の中へ だから あと三十分でいいの   ねえ やらせて ね ちょっとだけ  

宙に浮かぶ魚

 二日前には人差指が宙に浮かんでいたが、きょうは魚が浮かんでいた。ダイニングテーブルの左端辺りから一メートルくらいの高さの空間だった。別に泳いでいるわけではなかった。魚の種類には疎い私でよくわからなかったが、背中が濃い灰

芦屋ビーチクラブ その37

 きのう、土曜日、午後から大阪で日本詩人クラブの大会に参加して懇親会も終わり阪神芦屋駅に帰って来たのは午後八時前。チョット飲み足りない。そのままリーザへ。ここはカラオケスナック。お店の終了時間、夜十二時まで。後はタクシー

指先から

もうその方向に逆もどりは出来ない 一方通行だった 背後に足跡と靴音を残して 今は こんな赤い袋の中から 青空を見あげている やがて足跡も靴音も途絶えた すべてが消えていた ただ 眼前に 未来へ向かって 人差指だけが一本 

レーモン・ルーセルの「ロクス・ソルス」を読む。

 ずいぶん昔に買った本だが、いまさら手にして開いてみて、私はこんな感慨を持たざるを得なかった。この本を最後まで読んだ人は、この日本に現在何人いるのだろうかと。    「ロクス・ソルス」 レーモン・ルーセル著 岡

黒い泡

こうしてふたりは離れてゆくのだろうか 手ぶらのままで すべてを忘却して 右足さえ残さず くちびるから浮かぶ この黒い泡とともに

右足

しんなりした てのひらが 踊っていた 水の中 すいすい していた 底の方から くちびるが ねっちゃり 浮かんできた 開いていた ふくふく 噴き出した ふくふく ふくふく 連続音が ふとんに寝ころんでいた わたくしの耳もと

真昼の夢から

 来る日も来る日もわたくしは真昼になると近所の公園を通り抜け、芦屋の海辺を散策している。五月に入り、真夏日かと思われる日もあり、炎天下、たとい帽子をかぶっているとはいえ、頭の中では陽炎に似たゆらめきが立ちこめている。  

亀と連休

 家事は終わった。庭掃除のとき、雑草が目につき、あちらこちらそれをむしっていたため、いつもより遅くなってしまった。雨の気配がする中、朝九時前から、予定していた亀の池の清掃に取り掛かった。  余談になるが、きょうは連休の最

卒業

 真っ暗な高速道路を軽乗用車で突っ走っている。夕刻になって冷蔵庫がほとんど空なのに気づき、あわてて晩御飯の食材を求めて彼は飛ばしているに違いなかった。しかしわざわざ真っ暗闇を走る危険を冒して高速道路のサービスエリアを探し

芦屋ビーチクラブ その36

 きょうは五月五日。こどもの日。日曜日。快晴。朝八時から芦屋ビーチクラブの活動開始。  浜の水際数メートルまであちらこちら雑草が。少し目に立つほどにまで伸びて。その雑草抜きをした。浜の雑草は根が深い。園芸用スコップで掘り

<原因> 酩酊して じっと椅子に座ってると 頭の中に どっと言葉が出て来た   <結果> 脳に死 ごめん 詩が 陳列されていた 無音のまま

体内回帰説

 すべては体内へ復帰する   こんな一行が頭に閃いた わたしはこの歳になって もう冗談なんて言うつもりなどさらさらない 晩年はとても生真面目に生きていたい ところで さらに閃光が頭の中を駆け抜け 二行の言葉の足

「錯乱詩集 一日、一詩。」を澪標から出版しました!

   こんな詩集を出版しました。今回は「芦屋芸術」からではなく、縁あって「澪標」から出版しました。    「錯乱詩集 一日、一詩。」 山下徹著 出版社/澪標 発行日/2024年4月20日  

恋は体内を制覇する

そうだったか 知らなかった 恋は体内をかけめぐるんだ   いいじゃんか 体内があなたの夢でいっぱい それが恋だ!   私も制覇された一人だ

芦屋ビーチクラブ その35

 先週の日曜日は雨天で芦屋ビーチクラブの活動は中止。きょうは四月最後の日曜日。目を見張るような快晴だった。朝八時前から浜へ向かった。  気温が上昇しているのが肌身に感じられた。清掃作業を続けていると、半袖シャツだが、汗が

「彼女」第五章

 夕方、また「正夢」で落ち合った。雨が降る平日で、ほとんど客は見えなかった。高齢の男性が一人、カウンターで酒を飲みながら小皿からシメサバを箸でつまんでいる。 「奥の座敷を使っていいよ」  ママの言葉に甘えて、カウンターと

言葉は体内をめぐる

頭の中は   さざ波が ふいに 荒波に変わるように 二片 三片 の言葉が 突然密集して荒れ騒ぐ   ホラ 詩がやって来た 急げ いますぐだ それを書け!   一度チャンスを逃したら あとは