芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

竹西寛子の「管絃祭」

 きめこまやかな文章を書く人だなあ、本を閉じて、まず、そんな溜息をついた。  見渡せば、原爆投下された広島の八月六日を境にして、時をさかのぼり、あるいは、現在に向かって流れる時空に、さまざまな生者と死者が入り乱れながら、

正田篠枝の「ピカッ子ちゃん」

 この表題の「ピカッ子ちゃん」は、文字通り、一九四五年八月六日午前八時十五分、広島に落ちた「ピカドン」のさなかに誕生した赤ちゃん、「ピカッ子ちゃん」だった。  ピカッ子ちゃんのお父さんは、外地に出征して戦死。身重のお母さ

さんげー原爆歌人正田篠枝の愛と孤独ー

 この歌人は、一九四五年八月六日の広島市内、爆心地より1.7キロの平野町の自宅で被災した時、三十四歳だった。その後、父も義兄も被爆によるガンで死亡、自身も被爆による後遺障害に責め苛まれながら、一九五六年十二月から原爆病院

栗原貞子の「核・天皇・被爆者」

 この本の著者が広島で被爆し、敗戦を迎えたのは三十二歳の時だ。戦中から反軍国主義の作品をノートに書いていた著者は、戦後、一九四五年十二月に細田民樹を顧問に夫栗原唯一と「中国文化連盟」を立ち上げて、ただちに文学運動を開始し

「栗原貞子詩集」を読む

 最近、所謂「原爆文学」と呼ばれている作品を読み続けているが、ほとんどの作品が絶版になっている。従って、ネットで探して、中古品を買わざるを得ない。既に、「原爆文学」は、日本人の心から離別したのだろうか? 「ヒロシマ」や「

あかん、どうしょうもない。

緩和ケア病棟の ベッドの上で えっちゃんは よく とんちゃんごめんね と言った いま ボクは ひとりぼっちで 明け方 ベッドに目覚め なぜか えっちゃんごめんね と言っている

ゴーリキイの「どん底」

 ボクの悪いクセだが、そして、同じようなクセを持っている人は結構いるんじゃないかと思うのだが、いずれ読もうと買った本が、そのまま本棚の片隅に眠っていて、もう買ったことさえ忘れている、そんな衝動買いに近い経験がボクには少な

これを見るために

 今、我が家に帰ってきました。  午後六時四十分頃から、芦屋浜まで歩いたのですが、月も薄い雲に隠れてボンヤリして、カペラ以外、ほとんどの星は雲に覆われていました。きょうはとても不安定な天気で、少し晴れたかと思えば、雨がや

井伏鱒二の「黒い雨」

 このところ、所謂「原爆文学」を読み続けているので、やはり、この本を開いた。  「黒い雨」 井伏鱒二著 新潮文庫 昭和51年9月20日 第16刷  日本を代表するこの作家の短編に関して言えば、それなりに読んでいる。だが、

林京子、を読む。

 このところ、ずっと、被爆者の作品を読んでいる。今まで読んだのは、「ヒロシマ」の被爆者で、被爆後、時を移さず、作品を書き上げた人々だった。すなわち、峠三吉、原民喜、大田洋子。  今回読み終えたのは、「ナガサキ」の三菱兵器

「田中千雄の短歌」を読む

 この歌集を手にしたのは、こんないきさつがあった。……年内には、「芦屋芸術」から岩倉律子さんの詩集を出す予定だが、その岩倉さんから、「私の義兄の遺稿集で、ぜひよんでやってください」、そんなメッセージを添えてこの本が送られ

この冬を生きることが出来た。

 昨夜、七時頃、あちらこちら雲のかたまりが空をふさいでいたが、おおよそは晴れていて、冬の星座がよく見えた。明日は夜明けの空がキレイだろう、ボクは頭の中でそうつぶやいていた。というのも、最近ずっと明け方は曇っているか、雨が