芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

事務所

 何が何やらさっぱりわからなくなってしまった。

 確かに見覚えがない、きっぱりそう断言するわけにはいかなかった。おそらく大阪の梅田近辺だろうが、かなり複雑な道路だった。入り組んでいた。連れの男と二人。あるいは、もう一人いたのかもしれない。とにかく、どの道を行けばいいか見当もつかず、諦めて引き返している途上、広い道路に出た。このまままっすぐ行けばJR大阪駅だ、ふとそう思った。側に立っている連れの男は私の仕入れ先の営業担当者にどこか似ているのだが、この男が「向こうだ」と指さして広い道路を渡って行った。その後に続いて私も渡りながらブツブツつぶやいていた。

「こんな信号も横断歩道もない街中の広い道を、それも夜更けに渡るなんて、危ないじゃないか。常軌を逸してるじゃないか」

その時、突然、連れの男は私の方を振り向いて、

「ここだ」

 私達はうらぶれ果てたラーメン屋の右隣にある薄暗い階段を地下へ降りた。

 消灯して闇に沈んだ横町の飲み屋街のようで、狭苦しい道が奥まっていて、どこまで歩けば私の事務所に到着するのだろう。既に連れの男も消えていて、ひっそり闇に沈んでいる。この地下には誰もいないのではないか。いったい私はまだ生きているのだろうか。それともあの世の闇の中で私の事務所を探し歩いているのだろうか。途方に暮れてしまって、もうすべてを諦めてはいたが、それでも私は地下の狭い闇を事務所を求めて手探りで歩き続けていた。