芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

六甲山、果たせなかった約束。

 六甲山には懐かしい思い出がある。

 まだ三十代前半の頃、私たち四人家族は休日のたび、よく六甲山のハイキングに出かけた。リックサックに簡単な昼食、例えばおにぎりとかカップヌードルなどを詰め込み、さまざまなコースを歩いた。帰路は裏六甲から有馬まで下山し、簡易保険の保養所の温泉で疲れを癒やしてエアホッケーなどで遊び、バスで宝塚に出て、みんなで晩ごはんを食べた。有馬へ下山しないときもおそらく多々あったとは思うが、何故かまだ小さかった息子達といっしょに温泉を楽しんだ映像が、今でも眼前に浮かんでくる。

 私もワイフも六十代になって、愛犬ジャックを連れて芦屋浜近辺を散歩しながら、六甲山を仰いで、何度かこんな会話を交わした。七十代になったら、もうゴルフはそこそこにして、昔歩いた六甲山を、今度は二人だけで歩こう、こんな会話を交わしたのだった。

 ワイフは六十六歳でこの世を去った。彼女と約束した七十歳をもう越えてしまったが、私は六甲山を歩いていない。