芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

水音

 久しぶりに私は泳いでいた。妻とはスポーツジムのプールでよく泳いだ記憶がある。多い時には週に三回ないし四回も泳いでいた。三十年前後昔の話になるが、マスターズの水泳大会に出場して、高校時代水泳部にいた彼女はメダルさえ取っていた。

 妻の妹から贈り物が届いた。義妹は独り身の私を案じてか、時に料理の手数がかからない食料品を届けてくれた。

 辺りは、さまざまなパンや果物で賑わっている。おおぜいの懐かしい面々がいた。ぼんやり白く濁っているため、誰が誰だかわからないが、とても懐かしくて仕方なかった。おそらく父や母もそばでパンを食べている、そんな気持ちがするのだった。

 水が来た。いちめん、ひたひたしていた。私は、妻がなくなった年の五月、その二か月後に彼女はこの世を去るのだが、近所のスポーツジムのプールでふたりだけで泳いだきり、一度も泳いでいない。八年ぶりに私は泳いだのだった。隣のコースで、彼女が泳ぐ水音がした。