芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

身辺を整理する

 最近、新しい本はほとんど買わない。長い人生という時間の中で買い続けた本が厖大な量になって、ボクの背中に重くのしかかってくる。ここ数年、冥土のみやげに、少しだけかじって水屋の中にそっと残していたおかしやおむすびを、口中い

「芦屋芸術8号」が出来ました

 きょう、「芦屋芸術8号」が製本・印刷をお願いしていたコーシン出版さんから送られてきました。山中従子の「始まり」他二篇、山下徹の「青いひかりの手記」、それにいつもの通り、「芦屋芸術」のホームページに書いたボクのブログから

「芦屋芸術」第8号について

 最近ボクはとても忙しくなってきました。演奏会でギターを弾いたり、地域のちょっとした運動に参加したり、もちろん本業の仕事も午前中だけですが事務所に出て雑用係になっていたり、愛犬ジャックの散歩、庭の水遣り、いちいち数えあげ

ある旋律

 言葉というのはあらためて不思議な存在だと思う。ボクは毎日、早朝に愛犬ジャックと散歩するのだが、先月の17日、ぽっつりこんな言葉を呟いていた。     悲しみは深く   旋律は遠い    いったいこれ

講演「失われていた暴力被害」、主催Freedom

 ボクは講演会に足を運んだことはほとんどない。たまたまフェイスブックで知り合った倉田めばさんの「薬物依存からの回復」(発行Freedom、2013年3月11日第2刷)を読み、この本の感想を以前「芦屋芸術」のブログに書いた

アニーについて

 14年前、近所の奥さんからボクのワイフは子猫をあずかった。お友達が飼えないからといって子供が5匹の子猫をあずかってきて、うちではワンちゃんもいるし、てんやわんや、ねえもらいてがみつかるまで1匹だけあずかってくれない、と

賞味期限

 このところボクは毎月19日に仕事を休んでいる。今年の7月19日がボクのワイフが亡くなってちょうど1年になるのだが、その日まで19日は必ずお休みして朝から酒を飲むことにしている。  といって、酒ばかり飲んでいるわけではな

 もし台所でお手伝いをしてなかったら、去年の夏、ワイフがなくなってから、日常茶飯事を毎日反復するのに、あらぬ手間ひまをとり、ボクは言いがたい苦痛を味わったに違いない。  台所のお手伝いは、食器の水洗いから始まった。もう3

「細雪」を読む

 ここ数年、ボクはほとんどテレビを見ていない。それでもワイフが健在な時はNHKの7時のニュースを夕食を食べながら見るとはなしに見ていた。しかし去年の7月にワイフが死去してから、テレビはボクの記憶から消滅した。新聞のテレビ

ギリシア悲劇全集第四巻

   第四巻は第三巻から続いてエウリピデスの悲劇の翻訳である。この巻でギリシア悲劇全集全四巻が終了する。    ギリシア悲劇全集第四巻(昭和44年7月10日重版、人文書院)    ボクは古代ギリシア文

ゴンちゃんの死

 ゴンちゃんはアイリッシュウルフハウンドという大きなワンちゃんです。昨夜、息をひきとりました。12年余りの生涯。  ボクの愛犬ジャックの幼なじみ。仲のいい三人。ルークというゴールデンレトリバーが亡くなって、ゴンちゃんがい

12月14日

 ホームパーティーをした。夕方、三々五々、15名のお友達が集まってくれた。午後6時前からU君のピアノ伴奏でボクはエレキギターで9曲弾いた、50年くらい昔やっていたベンチャーズの曲を中心に。その後、通称<ルーシー>さんが2

芦屋芸術Ⅷ号の予定

芦屋芸術Ⅷ号を来年の春には出版します。ことし、個人的にとても悲しいことがあって、もう芦屋芸術は止めようと思っていました。けれど、もう一度やってみよう、そういう気持に。また、特別寄稿をボクの好きな作家にお願いすると思います

倉田めばの「薬物依存からの回復」

   大阪ダルクは1993年に設立されている。薬物依存者は刑務所や精神病院に入所・入院している時は依存している薬物を身体から解毒することが出来るが、そこを出て、社会生活に復帰すると、また薬物依存者になってしまうケースが多

最後の写真

 ボクはことしの7月19日にワイフをうしなって1ケ月たらずで「ふたりだけの時間」という手記を書いた。ボクはワイフの生前、一度もラブレターを出していない。だからこの手記は、むしろボクがワイフに出した最初で最後のラブレターだ

さとう三千魚の詩集「はなとゆめ」

 高知に住む松岡さんが、以前ボクが出した作品集を若干評価してくださった。それがご縁で、この20年余り、何度かお便りしたり、いただいたりして、ある日、長野の根石さんという方が主宰する「怪傑ハリマオ」という冊子を頂戴した。そ

別れの歌

 午前4時頃、まだあかつきからも遠い、闇に沈んだベッドにあお向けに寝転がっていると、ふいに頭の中に音楽が流れてきた。悲しい曲。  この曲を残しておこうと、寝室を出て、いつもリビングに置いてある練習用のギターを手に、ダイニ

東川絹子詩集「母娘生活」

 ボクが東川さんとお会いしたのはもう30年くらい昔で、東淵さんの運営する「銀河・詩のいえ」だった。もともとボクは詩人や芸術家とお付き合いするのが苦手で、また、こちらから積極的にお仲間に入ろうとはしなかった。だからこの歳に

藤井章子「しらじらとして 白々と」

 ボクが藤井さんの作品を読み始めたのは、ここ4年くらいで、それ以前の作品はまったく知らなかった。ボクが彼女の作品にひかれたのは、一言でいって、自分自身のしっかりした地下都市を見事に確立しているからだろう。そして同時に、こ

ギリシア悲劇全集第三巻エウリピデス篇Ⅰ

 この集にはエウリピデスの10篇の作品が収録されている、この中で「レーソス」は偽作かもしれないと言われているが。    ギリシア悲劇全集第三巻(人文書院、昭和44年10月20日重版)    ギリシア悲

ギリシア悲劇全集第2巻 ソポクレス篇

 ギリシアの民主政治は周知のように、奴隷制の上に成立するそれだった。ソポクレスの悲劇「トラキスの女たち」に登場するヘラクレスも戦争により他国を収奪し、敗戦国の人々を奴隷にして、女奴隷の中から気にいった女を妻にするのだった

「ふたりだけの時間」が出来ました

 9月2日に、別冊芦屋芸術「ふたりだけの時間」が出来上がりました。6月11日に膵臓ガンの末期と告知され7月19日に永眠したワイフとボクとの1ケ月余りの時間を表現しました。個人的な事情でどうでもいいことですが、9月2日はボ

ギリシア悲劇全集第1巻アイスキュロス篇

この本は人文書院から昭和35年2月15日に初版(訳者代表呉茂一)が発行され、昭和45年4月25日に重版されている。昭和45年と言えば70年安保の年であり、つまり、60年安保から10年を経て、ギリシャ悲劇全集は再版された。

別冊芦屋芸術「ふたりだけの時間」

9月2日に別冊芦屋芸術「ふたりだけの時間」(山下徹著)を発行します。 個人的な事情になりますが、ボクのワイフは6月11日に膵臓がん末期と診断され7月19日に永眠したのですが、この1ヶ月余りを言葉にしました。 きのう、つま

人間の記憶について

生成・発展・消滅する運動全体を自然の原理だとすれば、人間から生じる意識もまた、たとえば愛という意識もまた生成・発展・消滅するであろう。ボクの場合、ボクとそのワイフとの愛は43年間、生成・発展し、2014年7月19日午前5

ヒュペーリオンと反至高者

ヘルダーリン全集第3巻(手塚富雄、浅井真男訳、河出書房新社)を読んだ。この集では小説「ヒュペーリオン」と悲劇「エムペドクレスの死」が収録されている。 僕は若い頃「ヒュペーリオン」を読んで、この作品は恋にも革命にも破れた男

「芦屋芸術」Ⅶ号について

「芦屋芸術」Ⅶ号は6月16日に編集・校正を終えて、7月5日に印刷・製本ができあがった。 6月11日にワイフは膵臓ガンの末期・余命6ヶ月と医師に告知され、その後、みるみるうちに症状を悪化させた。 今回の「芦屋芸術」にはワイ

「チュチュ 世紀末風俗奇譚」プランセス・サッフォー著

一読、嘔吐を催す酩酊がやって来た。この本は、1891年にレオン・ジュノンソーが出版していて、その後、この世から忘却される。この同じ出版人がその前年にロートレアモンの「マルドロールの歌」を出版している。これだけの情報でも、

「芦屋芸術」Ⅶ号が出来上がりました

芦屋芸術」Ⅶ号が出来上がりました。 収録作品は、とうやまりょうこ「多生」、根石吉久「経営の地獄について」、山中従子「野原」「わたしは」、津田雅敏「蟹」、山下徹「鹿を食った話」、芦屋芸術のブログから山下徹の「芦屋川散歩倶楽

「芦屋芸術」Ⅶ号の校正が終りました

「芦屋芸術」7号の校正が終りました。 あとは荒井麻美さんに背表紙などをお願いして、印刷製本はコーシン出版さんに依頼します。 7月中旬までには出来上がると思います。まずは中間報告まで。  

「芦屋芸術」7号をこれから編集する。

同人誌風だった「芦屋芸術」を僕の好みの方向へ変形していこうと、そう思いはじめて、今回は特別寄稿としてとうやまりょうこさんの小説と、根石吉久さんのエッセイを掲載する許可をご本人から頂戴した。 とうやまりょうこさんは若い小説

ヘルダーリンとサド

あらためて言うまでもなく、ヘルダーリンとマルキ・ド・サドとの共通点はその同時代性、つまり、時代背景としてはフランス革命であり、思想的背景としてはルソーを中心とした啓蒙思想の影響だろう。どちらかといえば、彼等の作品の傾向か

とうやまりょうこの「多生」再読

とうやまさんから「孤帆」22号に発表された「多生」の改稿のコピーをいただいた。改稿では、段落を増やして小刻みなリズム感を出し、おそらく著者として痛みをともなったであろう初稿の若干の削除をしている。もちろん増補された言葉も

ヘルダーリンをもう一度読む

久しぶりにヘルダーリンを読み始めた。ヘルダーリン全集第一巻(訳者 手塚富雄、生野幸吉他、河出書房新社)。この集にはヘルダーリンの1784年から1800年までに書かれた詩が収められている。彼は1770年に生まれているから、

「カード・カレッジ」第1巻を終えて

去年の5月頃だったか、中学三年生から高校二年生くらいまで一緒にロックバンドをやっていた友人<UT>と四十数年ぶりで出会い、もう一度バンドを再結成するか、というわけで、もうとっくの昔にゴミ箱に捨ててしまったので、7月になっ

アンデルセンとボク

アンデルセン童話全集第五巻(高橋健二訳、小学館)を読みました。これでアンデルセン童話全集全五巻156話をすべて読み終えたわけです。訳者の丁寧な解説も含めて、ほとんど以前読んでいたんですが、ふたたびスバラシイ経験をして、た

とうやまりょうこの作品「多生」

この作品は、とうやまりょうこが発行している小説の雑誌「孤帆」<こはん>vol.22(2013年12月1日発行)に掲載されている。ところで、僕は作品を読む前に「多生」という題が少し気になってしまった。 「多生」というのは、

アンデルセン、サド、そして国家

アンデルセン全集第4巻(高橋健二訳、小学館)を読みました。ボクは好きだから読んでますが、確かに全集を全部読んでしまうのは大変なので、例えば、この集の中で「お茶のポット」だけでも読んでみてください。413頁から415頁まで

鹿を食った話

屋久島で三日間の滞在中、現地の女性のガイドさんからこんな話を聞いた。 屋久島の人口は約14,000人ですが、そして人口は増えもせず減りもせずだいたい横ばいで推移していて、人口が減少していく傾向にある日本の離島の現状にいた

役にたたなかった女

男は世間に出て働いて生活費を稼ぎ、女は主婦として家庭を守る、夫婦と子育ての基本はかくあるべきだ、そういう考え方を持っている人が、日本人には比較的多いんじゃないかと思います。 ところで、今、僕はアンデルセン全集第三巻(高橋

眼鏡

悲しいメガネのお話をしましょう。 それはどんな願いごとでもかなえてくれる不思議なメガネでした。 「戦前はよかった、しかし戦後になって日本人のいいところはすべて消えてしまった、まったくダメな人間になりさがってしまった。ああ

唯心論と唯物論の間で

最近読んだマルキ・ド・サドの作品、といってもうずいぶん昔に読んでいますから再読ですが、12篇の作品を収録した「恋のかけひき」(澁澤龍彦訳、角川文庫)の中に、「ファクスランジュ あるいは 野心の罪」という作品があり、最近日

芦屋芸術Ⅶ号について

芦屋芸術Ⅶ号を5月頃、発行します。 今回はどんな編集にするか、2月中に考えてみます。 既に若い方の原稿も預かっています。 出来れば4月中に編集・校正を終了したい、そんなふうに思ってるのですが。 いいアイデアや作品があれば

アンデルセンとサド

アンデルセン童話全集第1巻(高橋健二訳、小学館)を読みました。有名な「親指ひめ」「人魚ひめ」「皇帝の新しい服」「よなきうぐいす」など26篇の作品が収録されています。アンデルセンの童話の少なくとも何篇かはほとんどの日本人も

手品。ギター。詩。

君はいままで人生で何か熱狂したものがひとつでもあるかい? ときかれたら、ボクは、ハイゴザイマス、手品デス、即座にこう答えるかもしれない。実際、ボクは、小学校六年生の卒業式のお別れ会のとき、講堂の舞台で、卒業生や教職員、お

グリム童話を読んで、よかった。

グリム童話全集第三巻(高橋健二訳、小学館)を読みました。これでグリム童話全集全三巻、211篇のメルヒェンを読んだわけです。解説に書かれている通り、グリム兄弟は収集した資料の中から英雄伝説などを採用しないで、特に民衆の中で

47年ぶりにエレキギターを弾いて

半年ほど前からギターを弾いている。だいたい一日に2時間前後練習しているが、この年末年始、ヒマな折には5時間余りギターを弾いている。 ギターは17歳でやめた。30歳前後になってギターも、それに関連する用品もすべて捨てた。1

藤井章子の新詩集「文月にはぜる」を読む

藤井章子著「文月にはぜる」(思潮社、2013年11月20日発行) 僕が藤井さんの詩を初めて読んだのはおおよそ2年前、友達の山中従子さんからいただいた詩誌「すてむ」vol48に掲載されていた「都市」という作品で、この詩集に

フェイスブックについて

今、文章を書いていたら、突然停止命令が出て、削除されました。 グリム全集第二巻とサドについて書いている途中でした。 文章が長くなると一方的に削除されるとは知りませんでした。 僕のブログに書き直しますが、フェイスブックって

グリムとサド

グリム全集第二巻(高橋健二訳、小学館)を読みました。64篇のお話が収録されています。お話の批評は私のような門外漢が付け加えることなんてありません。ただ、訳者の懇切な解説の中からひとつのエピソードをご紹介します。以下の文章