芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

世界の詩集第十巻「ホイットマン詩集」

 かつてボクはこの詩人の作品を一行も読んでいなかった。これと言って積極的な理由はなかったが、彼の本を手にしようとはしなかった。若い頃、所謂「ヒューマニズムの詩」や「説教臭い詩」に余り興味がなかったのだろう。

 このたび、初めて読んだこの詩集は、亡くなったワイフの遺品である。彼女は二十歳の時にこの本のページを開いた。彼女と同じ読書体験をするために、ボクは彼女の遺した本を読み続けている。この本も、表紙から奥付まで丁寧に読んだ。

 

 世界の詩集10「ホイットマン詩集」 長沼重隆訳 角川書店 昭和42年12月10日初版

 

 宇宙に存在しているものすべて、死者や将来の人間も含めて、すべてのものがこの私の肉体の中に存在している、ホイットマンはそう語り続ける。万物即肉体、肉体即万物の世界を表現するために、さまざまな存在物を言葉でつなぎあわせていく。従って、全体的に長詩が多いが、すばやく言葉が飛び出してくるので、一気に読んでしまう、そんな楽しみがある詩集だった。

 十九世紀アメリカの新しい爽快なヒューマニズムの言葉だった。ここでは西欧人も東洋人もない、平等な地球人の言葉がちりばめられている。しかし、二十世紀を知らなかったホイットマンさんのすべてのものを受容する肉体には、おそらく原爆やナパーム弾、枯葉剤などがところせましと蓄積されて、今や壊死寸前。自分が主張した思想をついに後悔しているのでは……。それはともかく、亡妻のおかげで、晩年になって、ボクは初めてホイットマンを読んだ。