芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

酒を捨てる(続)

 酒を捨てる、といっても、なにも冷蔵庫で休んでいる缶ビールや、戸棚の陰に立っている焼酎を、流し台へ傾けて、どくどく音たてるわけではない。心の片隅に捨てるのである。

 先月の十九日、ワイフの月命日の夜、彼女が夢に現れて、「とんちゃん、酒やめな」、こう語りかけてきた話は、既に書いた。だからきのう、二月十九日、夢を見てからちょうど一ヶ月がたったけれど、ボクは家では一滴の酒も口に落としていない。彼女と一緒に暮らしてから現在まで、初体験。ただ、週に三日から四日、晩ごはんを外食する時は、生ビールの中ジョッキを一杯くらい飲んでいる。

 時折、ボクはワイフととりとめもないお話をしている。彼女はボクの耳もとで、さとすようにささやきかける。

「とんちゃんに残された時間はどんどん減っていくから、やりたいことはちゃんとしぼりこんで、やらなくっていいことはあっさり捨てちゃいな。好きな詩を書いたり、ギター弾いたり、カードマジックを練習したり、読み残した本を読んだり、でも、お酒はもう捨てちゃいな。ホラ、あんなにヘビースモーカーだったとんちゃんが、十数年前にポイッ!とタバコを捨てたみたいに。ねえ、いい、お願い、あなたに残された時間、ほんとうに好きなことにどうか使ってやってください」

 確かに「伝道の書」が言うとおり、すべてに時があるのだろう。出会うのに時があり、愛しあうのに時があり、離別するのに時があり、そして、捨てるのに時がある。