芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

高木重朗著「トランプの不思議」

 「トランプの不思議」という書名を見て、米国の大統領に選ばれた「トランプ」氏を思い浮べる方も多いだろう。が、この本はそのトランプ氏ではなく、欧米のカードとかプレイングカードを日本では「トランプ」と呼ぶ習慣があり、つまりこの本の副題になっている通り、「現代カード奇術入門」書である。

 

 トランプの不思議 高木重朗著 力書房 昭和36年3月15日七版

 

 初版は昭和31年3月5日に出版され、ボクが買ったのは第七版、ちょうど中学一年生の時だった。それからも数多くのマジックの本を読んだが、もっとも熟読した本の中の一冊である。今、晩年に差しかかってふたたびそれを手にした。

 高木重朗という人は、この当時マジックを趣味にしたアマチュアマジシャンでおそらく知らない人はいないだろう。それくらい戦後日本のマジックの世界をリードしたマジック研究家の第一人者だった。特に海外の第一級のマジック研究家の翻訳・解説書の紹介によって、マジックを愛好していたどれだけ多くの人々の夢と渇望を癒したことだろう! あの頃、プロとしてマジックでメシを食うのは大変なことだった。おそらく今日でもそうだろうが。高木重朗でさえ別に職業を持ちながら、夥しい海外のマジックの専門書を翻訳し、また自ら創作したマジックの研究書を発表しながら、後進の指導にさえ従事している。一回り以上若かったボクには、雲上の人だった。

 この本の中では、特に「4枚のエース」、「スリーカード モンテ」、「ホーミングカード」を中学生のボクは得意になって演じたものだった。それぞれ手順もテクニックも異なるが、すべて超現実的なカードの移動現象を表現するマジックだった。いつの間にか、誰もいないダイニングテーブルで焼酎を飲みながらワイフの遺影を前にして、エドワード・マルロー原作の懐かしい「4枚のエース」というカードマジックをボクは演じていた。目頭が熱くなっていた。