なんの変哲もない平面 そう思っていた しかし 歩くたびに 足跡がついていた 振り返ると 足跡の先は 地平線に消えていた
地平に消える
芦屋芸術は詩・小説・文学・音楽・絵画・・・etc 芸術誌の発行とWEBでの表現を展開する芸術コミュニティサイトです。
なんの変哲もない平面 そう思っていた しかし 歩くたびに 足跡がついていた 振り返ると 足跡の先は 地平線に消えていた
朝方まで雨できょうの「芦屋ビーチクラブ」は中止だろうか、少し迷った。だが、七時ごろから雨模様の曇天だったが、雨は落ちてこない。ヨシ。私はユニホームのTシャツに着替え、ズボンの後ろポケットに軍手を詰め込んで、家を出た。
きょうは土曜日。午前八時半ごろから亀の池の掃除を始めた。基本的には週一度、土曜日にやっている。平日は午前中事務所に出で昔ながらのビジネスに取り組んでいる。余程のことがない限り、やれるまでやるつもりでいる。また、日曜日の
昨夜、中秋の名月ということで、七時前に家を出た。近くの親水公園でゆっくり楽しもう、夜空を見あげながら向かった。 たくさん人が出ていると思っていたが、誰もいなかった。公園をさまよいながら、さまざまな場所から月をスマホで
Ⅰ つるってん くるってん やめってん かえってん Ⅱ それってん つくってん たべってん しぬってん Ⅲ ぐじゃってん くさってん やいってん けむってん
鳩が鳴いている この公園の東の片隅の どこかで 二羽 鳴いている 帽子
さまざまな夢があると思う 好きなアイスキャンディーをしゃぶっていたり 金貨の雨が降ってみたり 片思いの人が隣で寝ていたり さまざま 昨夜 頭が 破裂した すごい音がした 両耳がはずれ すっ飛んだ 驚いたこと
死ぬ前に とりあえず 夕方 食パンを買って あしたの朝 スライスチーズをのせ いつも通り トーストを食べなければ エキストラバージンオリーブオイルとともに そうだ とりあえず 死ぬ前に
あり得ない話が実際にはあった。私は自分で経験するまで、噂では少し耳にしていたのだが。 都会の中心を走っている綺麗に舗装された百メーター幅の道路。ネオンサインや街灯で夜を知らない、闇に輝く街路。その歩道を歩いていた時、
毎週日曜日朝八時から九時頃まで芦屋浜の清掃作業をボランティアでやっている芦屋ビーチクラブ。きょうは特筆することがあった。「あしや部」のメンバーが参加したのだ。 ここで「あしや部」をちょっとだけご紹介。 この組織は、
昨夜は友達と夜六時過ぎに落ちあって阪神芦屋近辺の居酒屋で九時頃まで飲み、その足で近くのカラオケスナックで遊んだ。友達とは一回りくらい年が上なので、歌の傾向が違い、私の場合、戦後から七十年代くらいまでの昭和の歌。例えば、
既に弁護団とは打ち合わせが始まっていた。弁護団とは言っても、弁護士とその助手二名に過ぎないが。 首を上下に振りながら弁護士は熱弁をまくしたてていたが、終わってみれば、何を話し合ったのかもうほとんど記憶にない。しかし、
久しぶりにプールへ行った 飛び込み台から飛び込んだものの 泳ぎ方がわからなかった なんとか犬かきでもがきながら二十五メートルを泳ぎ切った へっぴり腰でターンしていよいよもがき苦しんでいるうちに 体から水泳の記憶が蘇ってき
きょう、コロナワクチン8630万回分を廃棄する、厚生労働省が発表した読売新聞のそんなニュースを私はネットで読んだ。詳細はこうだ。モデルナ製ワクチンが供給された約7000万回分のうち約5150万回分(74%)。ファイザー
がっちゃんこ ごっちゃんこ そんな音がする 頭の芯で クツワムシが鳴いている 秋の歌 頭に芯なんてあるのだろうか
これは蓋だと言われて、驚いてしまった。てっきり膜だと思っていたので。どうやらかぶせているだけで、くるっと回せばすぐにはずれるらしい。 まぎらわしいったらありゃしない。眉間にしわを寄せてわたしはハンドバッグにそれをかた
夜七時、銀座四丁目の新橋側の交差点手前、信号赤で停車。青に変わったのを確認して発進。交差点を渡り切った時、右方の横断歩道上に女性を発見。急停車するも、その女性と接触したのか。後部座席に座っていた私には、接触する寸前に停
きょうは日曜日。いつものように朝八時ごろ、芦屋浜へ。 暑い。それでも仕事ははかどった。月並みではあるが、何事も経験だと思う。まず、やってみることだと思う。毎週日曜日の朝八時から九時ごろまで余程のことがない限り二ヶ月く
きょうは庭の水撒きをした後、亀の池の掃除に取り掛かった。午前八時前。朝夕は少し涼しくなってきたが、それでも作業をしていると汗だく。 午後からある詩人の出版記念会に梅田まで出かけなければならない、そんな思いがふと脳裡に
資料は三つの山に分かれていて、すべてを受け取るためには三日かかることが分かった。何とか一日で済ますことが出来ないか、三度にわたり打診したが、それは無理だ、とても無理だ、その都度そんな回答が返って来るのだった。 資料は
永井ますみさんから送られてきた詩誌を一通り読んでみた。 「リヴィエール」190 発行所/正岡洋夫 2023年9月15日発行 私は贈られてくる本は、表紙から裏表紙まで、余程のことがない限り
もっとも愛したものが もっとも苦しんでいる 九年が過ぎていた
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「現代詩神戸」282号 編集/今猿人・神仙寺妙・永井ますみ 2023年9月10日発行 この詩誌は、十五人の作者で二十一篇の詩、エッセイ・書評それぞ
金箔の天井にたくさん墨絵の足裏が描かれている。じっと見上げていると、時に、あちらこちらへ移動している。頭から足まではすっかり消えていて足の裏だけが、移動するたび、ぴたぴた音がする。おそらく足裏の黒い皮だけが天井を歩いて
「芦屋にドッグランを」、この言葉を合言葉にして、私達「ドッグラン設置会」は現在まで活動を続けています。この六月二十七日には我々メンバーと長谷議員の立会いの下、高島市長と面談、市長も積極的に私達の意見に耳を傾けてください
きょうは日曜日。いつものように朝八時、芦屋浜へ出た。もうみんな浜の清掃作業をしている。 浜は大きなゴミが少なく、比較的キレイだった。かなり西の方まで作業がはかどった。 トテモ楽しいことが一つあった。リーダーの中村さ
きょうの出だしは多忙だった。どちらかといえば、人生の晩年にもかかわらず私は毎日多忙だが、きょうの朝は特に多忙だった。 朝三時半に起き、昨夜描いた挿絵に付ける詩を完成させ、ホームページに発表。五時になっていた。三十分余
初めて出会っただけなのに、何故か彼女は以前から親密な関係だったと私は感じた。一メートル前後まで近づいた時、まだ私の手足の皮膚のどこかで記憶に残されている彼女の体の温もりさえ覚えた。他愛ないおしゃべりをしただけだが、少し
「芦屋芸術18号」を10月19日に出版します。内容は以下の通りです。 contents <招待作品> 小詩集 私のおじいちゃん スミレ 5 井戸 他三篇
宴会場は混雑していた。顔見知りはほとんどいなかった。ときおり、「あ。この人は……」、こんな言葉が口をつきそうにはなったが、顔の記憶だけで、名前が出てこない。顔といってもあやふやなもので、テレビや映画、あるいはユーチュー
西行に仮託されて鎌倉中期一二五〇年前後に成立したとされる仏教説話集を読んだ。ちなみに西行の没年は一一九〇年。若い頃に手にして少しは読んでいたが、今回は完読。おそらく西行を慕った芭蕉でさえ偽作とは思ってもみなかったであろ
あなたとの 愛が消えて 骨壺だけが 残った
九年前に死んだ あなたの骨壺を前にして ダイニングテーブルの椅子に座って 今夜は ながいあいだ 考えていた なんのことはない 疲れただけだった いや 疲れるために 考えこんでいたのだろう とにかく もう 生きることにも
私は自分で個人誌「芦屋芸術」を運営しているのでこの著者が個人詩誌の発行を持続しているのに敬意を表している。 後藤光治個人詩誌「アビラ」15号 編集発行 後藤光治 2023年9月1日発行
きょうは、「第14回潮芦屋アクアスロン大会」が開催されているため、芦屋浜で大会参加者の水泳競技が行われる。ランとスイムのミニトライアスロン。よって、芦屋ビーチクラブの活動は大会が使用している場所を避けて浜の東側を清掃し
九月二日 あなたの 誕生日の夜は ひとりで 酒を飲みます ダイニングの椅子に座って 九年間 東窓の飾り棚に置かれたあなたの骨壺に 楽しかったね 語りかけながら
一週間ぶりに、けさ八時ごろ、亀の池の掃除を始めた。四十分くらいかけてそれが終了すると、庭ではなく、我が家の前の路上で亀と遊んだ。夢中になって彼の写真を撮っていると、背後からご近所の奥さんの声がした。 「大きな亀ですね」
この界隈に怪物が二匹住んでいるという噂を耳にした。わざわざ「界隈」という言葉を使ってみたが、なんのことはない、我が家の近所の公園にもたまには出没するらしい。 私はこの噂には懐疑的な立場だった。実際にこの眼で目撃もしな
花は消えていた すっかり 九年たって わたしはそれに気づいた ただ 花びらだけは少し残っていた この涙に
きょうも朝、芦屋浜へ出た。まだまだ暑いのは暑いが、時折やって来るそよ風にもう秋の気配を覚える。 八時二分ごろ、浜に着いた。既にみんな作業をしている。台風七号の漂着物が残っていて、おそらくきょうでそのゴミは除去できるの
朝、庭掃除が終わり、花壇と鉢に水やりをした。八時を少し過ぎてしまった。ただ、今日は土曜日なので仕事はお休み。ちょうど一週間ぶりに亀の池の掃除を始めた。 やはり、まだ暑い。どんどん汗が流れてくる。額からもポタポタしてく
女友達にすすめられて買ったゴキブリ専用の殺虫剤は確かに強力だった。何カ所か出そうなところに置いておくだけ。直径四センチくらいの白い円盤形の代物。彼女は、夏の間、生きているのは一匹も見かけなくなる、そう断言した。 まだ
この詩集は、母とその娘が愛しあったまま死別した娘の思いを出来る限りそのまま語り出した、余分な飾りを落とした純化された言葉だった。 「森のフクロウーかあさんへ」 津田真理子著 澪標 2021年8月20日発
透明だった ガラスになって 砕け散っていた
新聞でもネットでもマスコミは一切報道しなかったが、地震があったのはもう隠しようもなかった。 二階にあがってみると、狭い廊下を挟んで、南側の部屋には異常はなかった。だが北側は違った。部屋全体が明らかに北に向かってずいぶ
夕方雨が降る予想なので、午後五時ごろ家を出た。芦屋浜へ向かった。きょうは昼間、芦屋で二ヶ月に一回開かれている詩の会に出席したので、朝の八時から九時まで活動している芦屋浜ビーチクラブには参加出来なかった。だから、どうして
チラチラしている 過去に出会った さまざまな女の断片が 鼻 口唇 目元から上だけの頭 チラチラして 人差指 ふくらはぎ 汗ばんだ襟首 少し汚れた足の裏 震える耳たぶ こうして わたしたちはさまざまな世界に住
昨夜、友達とJR芦屋付近の飲み屋を梯子した。帰宅したのは十一時。パソコンのメールを見て、ベッドに横たわった。 寝坊してしまった。もう五時を回っていた。いつものように長男と私の朝ご飯を作る。ダイニングの東窓の棚に置かれ
夕方、また芦屋浜から総合公園を歩いた。西陽が強く射していた。昼間よりおおぜいの人が浜で遊んでいる。十代、二十代の若い人が多い。私のような年配の人は見かけなかった。夕方といってもまだとても暑く、外出は控えているのだろう。
きょうのお昼、十二時過ぎに芦屋浜へ出た。きのうの台風で海は濁り、浜辺に流木などが流れついていた。しかし、さほどの高潮ではなかったのだろう、大きな流木は見あたらなかった。 八月十六日の真昼時 芦屋浜は