芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

あり得ない話を語る

 あり得ない話が実際にはあった。私は自分で経験するまで、噂では少し耳にしていたのだが。

 都会の中心を走っている綺麗に舗装された百メーター幅の道路。ネオンサインや街灯で夜を知らない、闇に輝く街路。その歩道を歩いていた時、それは起こった。不意に泥沼に変わっていたのだ。

 まったく気づかなかった。考えごとをしながら、どこか冷たくってヌルヌルしてるぞ、そんな感じで数十秒くらい進んだだけで、腰のあたりまで沼に浸かったまま立ち往生していた。照明は消え、すべては闇に落ちていた。いったい何が起こっているのか、皆目見当もつかなかった。

 地面が沈んでいくのがわかった。溺れそうになって、あたりを見回して、藁を探した。だが一本も見当たらず、グジャグジャした黒い泥だらけだった。こんなことって実際あり得ない話じゃないか。誰か、どうぞ私を助けてください……そんな悲鳴を上げたのかもしれない。けれども悪いことに、私ももうすぐそうなるんだが、この現実を訴えようとしても、この現実に出会った人は、ただひとりきりで、とっくに溺死してしまって、何も語らない。語りたくてももう語ることなんて出来やしない。

 都会の真ん中には泥沼がある、皆さん、どうかくれぐれも足もとには注意を払って暮らしてください……私が溺死する前に、この現実を誰かこの世に伝えてくれまいか。