芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

墨絵の足裏

 金箔の天井にたくさん墨絵の足裏が描かれている。じっと見上げていると、時に、あちらこちらへ移動している。頭から足まではすっかり消えていて足の裏だけが、移動するたび、ぴたぴた音がする。おそらく足裏の黒い皮だけが天井を歩いているのだろう。

 それにしてもなぜ足の裏だけが墨絵になって歩いているのだろう。とても不思議だった。どうやら私は床に寝転がって仰向いたまま、つい目と鼻の先の低くなった天井を歩く足の裏を見つめ続けているのだろう、まるで私の顔がぴたぴた踏みつけられている気持になってしまう。だんだん状況が明らかになって来た。私を挟むように両側から壁が迫っているのがわかった。つるりと音がした。天井の隅から爪先を伸ばしていくつかの黒い足裏が壁の上を歩きだした。両側の壁も金箔だった。私は狭苦しい直方体の金箔空間に横たわっていたのだった。ひょっとしてこれは棺だろうか。私に残された最後の、束の間の時間なのか。

 いつの間にか、天井も壁も床でさえ黒い足裏だらけになっていた。……だれだって自由がいいじゃないか、壁の向こうからそんな声が聞こえて来る、快適な生活がしたいじゃないか。驚いたことには、その声は私のものによく似ていた。もしかして生前の私の声だろうか。この棺の中は、電燈もないのに、天井や壁、床の金箔から黄金色の輝きがにじみ出して、闇と足裏を背後から包み込んで濃厚なオレンジ色の楕円体になって回転している。

 墨絵の足裏は、やがて走り出した。どこかの闇市でバーゲンセールでもやっているのだろうか。命のバーゲンを。