芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

地震

 新聞でもネットでもマスコミは一切報道しなかったが、地震があったのはもう隠しようもなかった。

 二階にあがってみると、狭い廊下を挟んで、南側の部屋には異常はなかった。だが北側は違った。部屋全体が明らかに北に向かってずいぶん傾斜している。いつのまにか私の右肩へ寄り添うくらいに接して妻がいた。

 この家を仲介している全身灰色の服を着た不動産屋らしき中年男が、「ちょっとご覧ください」、そう言いながら、頭を東、足を西にして仰向けに畳に寝ころんでいた。そして体を力一杯前後に揺すると、北の部屋全体がまるでシーソーのように東西に弧を描いて揺れた。

「お客さん、家の修理の間、ここに住むわけにはいかないけれど、保証金を五万円ばかり頂戴しないと、完成後、ここに住める約束はしかねますよ」

「…………」

「保証金を払わないんだったら、今あるお宅さんの家財道具はここに保管するわけにはまいりません。さっさか運び出してください」

 私と妻は廊下に出て、小声で話し合った。

「どうする。思い切って引越しした方がいいんじゃないか」

「五万円払っておいた方がいいと思うよ。すぐに家、見つからないよ」

 不動産屋らしき中年男は東西に寝ころんだまま恍惚としたまなざしで、「どうされるんで、はいはい、お客さん、さっそくお答えください。はいはいはい。どうされるんで、どう、どうされるんで……」、痴れ笑いを浮かべながらますます激しく体を前後に揺すり続けていた。北に向かって傾いたまま、部屋は東西にシーソー運動を繰り返していた。