芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

胸と腹部

 初めて出会っただけなのに、何故か彼女は以前から親密な関係だったと私は感じた。一メートル前後まで近づいた時、まだ私の手足の皮膚のどこかで記憶に残されている彼女の体の温もりさえ覚えた。他愛ないおしゃべりをしただけだが、少し笑みを落とした横顔がトテモステキだった。ショートカットだったので右の耳たぶが見えた。

 じっと見つめているのを気付かれないために視線を下へやった時、驚いた。彼女は妊娠していたのだ。見た目にもそれとわかるので、こういう方面には疎い私だが、おそらく六ヶ月か七ヶ月くらいたっているのだろうか。

「ごめんなさい。どうしても行かなければならないところがあるんです」

 彼女の隣に名札を首からぶら下げた三十代半ばくらいの男が立っている。ビジネススーツを着てきちんとネクタイを締めている。彼女の夫だろうか、無言のまま私は独り言ちていた……いったい彼女はいくつくらいなのだろう、見た目には三十歳前後にも見えるし、人のあしらい方がさばけているので四十代後半にも思えるのだが。

 JR甲子園口を降りて、その近辺のスーパーとも百貨店とも判別しがたい店内だった。円形にざっと広がったフロア。ひょっとしたら彼女とあの男はこの店の店員なのか。二人とも首から名札をぶら下げて、あちらこちらを忙しく小走りで移動している。時に自分のお腹が見えるくらい深々と客に挨拶をしている。いや、あの男は店長ではないだろうか。彼女は部下で、あの膨らんだ腹部は彼らの不倫の結果ではないか。

 だがしかし、私はどこか間違った推論を楽しんでいるのではないだろうか。身勝手な妄想で、彼女の膨らんだ腹部の犯人を店長らしき男に押し付けているのではないか。そうだとするなら、これは冤罪だ! いつの間にか、おぞましい闇の底へ足を踏み込んでしまった気持に私は苛まれていた。 

 ふいに何かが私に向かって倒れて来た。私はフロアに仰向きになって倒れていた。私の喉元から下腹部にかけて、頭も手足もない胴体、ふたつの乳房がぶら下がった胸部と膨らんだ腹部が横倒しになってのしかかっていた。