芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「撰集抄」を読む。

 西行に仮託されて鎌倉中期一二五〇年前後に成立したとされる仏教説話集を読んだ。ちなみに西行の没年は一一九〇年。若い頃に手にして少しは読んでいたが、今回は完読。おそらく西行を慕った芭蕉でさえ偽作とは思ってもみなかったであろうか。明治時代末期からこのかた、西行に仮託された作者未詳の作品とされている。

 

 「撰集抄」 西尾光一校注 岩波文庫 昭和49年11月20日第3刷

 

 九巻百十二話が収録されている。中世の遁世の世界を中心に描いている。さまざまな世捨て人が登場し、この世を捨てて、人里離れて庵を結ぶ。いまわの際まで西に向かって合掌して、この世を果てる。愛する妻や子を喪ってこの世を捨てる場合。妻子を愛しながらこの世を捨て無縁の境涯に生きる場合。寺の住職でありながらこの世の寺を捨て、乞食になって庵を結ぶ場合。現代の日本人では想定外の選択肢だろう。つまり、この説話集の根底には、現代流に表現すれば、この世で家庭人・社会人として生きている自分を絶対的に否定する思想、この世の人間関係を否定して無縁の人として生きていく思想が流れている。必然、乞食としてこの世を漂流するのであるが、この世の愛憎を捨てて、月のように澄んだ心で生きんとするのだった。

 こういった説話集では必ず奇譚も登場する。例えば、巻五第十五(本書157頁~159頁)をご覧いただきたい。西行が人骨で人造人間を作った話が出ている。私好みの話だった。