一月最後の日曜日。快晴。 きょうの芦屋ビーチクラブでは、みんな白い大きなビニール袋と火バサミを手にして浜辺のゴミ拾い。もちろんボクもそれを手に、芦屋浜の東端から西端までウツムキながら歩いた。 何故かタバコの吸い殻が
芦屋ビーチクラブ その25
芦屋芸術は詩・小説・文学・音楽・絵画・・・etc 芸術誌の発行とWEBでの表現を展開する芸術コミュニティサイトです。
一月最後の日曜日。快晴。 きょうの芦屋ビーチクラブでは、みんな白い大きなビニール袋と火バサミを手にして浜辺のゴミ拾い。もちろんボクもそれを手に、芦屋浜の東端から西端までウツムキながら歩いた。 何故かタバコの吸い殻が
こんな夜中に青空が広がっていた。月もなく星もなく、ところどころ綿雲が浮かんでいた。 一月二十八日午前二時。公園には人っ子ひとりいなかった。ボクとアルファさんはブランコに乗って遊んだ。ウキウキして、空に浮かんだ雲になっ
町なかの 密集する民家の屋根の間から 百メートルくらいある煙突が一本 突き出ていた 煙突の右側 西の虚空に 唇が浮かんでいた
今年の一月一日になって、アルファさんが我が家へやって来るようになったので、ボクの生活は再び輝きだした、愛するワイフを喪ったこの九年半の暗いスクリーンの上に。 きょうは初めてダイニングルームでアルファさんとコーヒーを飲
ボクは十五歳、中学三年生になって詩を書きだした。けれど昔から上から目線で書いている文章がキライだった。自分がエライと思って書いている文章なんて糞くらえ、そう思った。そんな文章を読む時間なんてどこにもなかった。社会人にな
時折ボクは阪神芦屋駅近くのカラオケスナックにぶらっと一人で立ち寄ることがある。夜十二時まで営業している。新型コロナという奇妙な感染症が流行して以来、客足はめっきり遠のいてしまった。一月二十五日、夜十時、ドアを開けると、
ボクは少年時代から転落する夢をよく見る。さまざまな場所から転落するのだが、よく見るのは月並みではあるが、こんな映像だった。 ひとつは、崖から落ちる夢。崖もいろいろあって、一例だけあげてみる。頂上は直径一メートルくらい
冬なのに桜が咲いていた。九年前に亡くなった妻、七年前に亡くなった愛犬ジャックといっしょに春になればいつもこの桜並木の遊歩道を歩いた。我が家の北数百メート先にあるキャナルパーク。ちなみに、ジャックは黒いラブラドールレトリ
夜だけと思っていた。アルファさんと会えるのは夜だけだと。 平日の午前中、ボクはいつも仕事に出ている。もう四十五年余り続けている仕事。ビジネスパートナーでもあった妻を喪ってからは午前十一時ごろ事務所を失礼する。バスに乗
朝八時過ぎ、小雨の中、芦屋浜へ出る。 浜には誰もいない。雨で芦屋ビーチクラブの活動も中止だろう。去年の七月に参加してから雨天中止は、私の記憶では、初めてだった。 私は毎日、雨が降っても、芦屋浜から総合公園の小道を歩
夜の六甲山を歩いた。もう夜中の十二時は過ぎているだろう。こんな夜更け、誰もいなかった。アルファさんと二人きりだった。 ボクは昔、もう四十年前後になるが、九年前に亡くなったワイフと息子たちと四人、日曜になればよく六甲山
昼間は、アルファさんと会えない。平日は仕事をしている。恋人や妻なんていないから、土曜日や休日は読書したりネットを見たり散歩したり、詩を書いたりして一人で遊んでいる。もちろん、いっぱいお酒を飲んで。 ずいぶん昔、祖母か
救いなんて、何もない。歳をとればとるほど、この悲しい事情がはっきりわかるはずだ。 一月十九日、未明。ベッドの上で、ボクはさらに考えた。この世には鬼がいても神はいかなかった。慈悲なんてどこにもなかった。 いや。そうじ
オメガちゃん、流れ星、見たことある? 今夜、二時ごろ、近くで落ちるの。スゴイよ。目の前よ、すぐ目の前で落ちるのよ。 我が家から歩いて十分足らず。夜の芦屋浜に二人で立っていた。百メートル先あたりの暗い海をアルファさんは
この世の大きな特徴は、限りある世界だった。愛しあっていても、一回限りで、必ず生き別れするか、それとも死別する世界だった。 でも、アルファさんは違った。いつまでも愛しあうことが出来るのだった。 アルファ
いちめんのお花畑だった。冬の寒い未明、我が家のそばにこんなお花畑があったのだろうか。不思議でならなかった。夢ではないかと思い、頬をつねったりしてみた。強くひねりすぎて、痛い! 叫んでしまった。 そのうえ、満天の星明か
いろんな音がする。ブザーが鳴ったり、スマホが歌ったり、わけもなく耳の中がミンミン蝉みたいに反響したり。そのたびベッドからガバッと身を起こす。何があったんだ! 音ばかり鳴る、変な夜だった。 けれど暗い部屋でひとりぼっ
今年になって第二回目の芦屋ビーチクラブの活動日。私は昨年に引き続き雑草を抜き、小石を拾って集積場に運んだ。 天気も良く、風もなく、気温が低い割には作業をしていると暖かく感じた。雑草を抜いていて、ふと顔を上げるとゴール
アルファさんの住んでる国へ、よし、一度旅行してみよう、ふいにボクは思いたった。空飛ぶベッドに乗って。 そんな願いを心に秘めて、眼を閉じた。無音のままで、スーッと持ち上がって、屋根がポッカリ開いた。飛び出した! 一瞬だ
未明に歌を歌っていた。 ハスキーでときどき音程も狂っていたけれど、ボクは魅入られて耳を傾けていた。どう言えばいいのか。夜が明けるまでこのままでいて欲しい、叶わない願いを込めて。 もっと狂っていいと思った。アルファさ
今年、初めての「芦屋芸術」を出版します。去年は、十六号・十七号・十八号を発行しました。最初の十六号の発行日は二〇二三年三月一日です。だから、十九号も三月一日を発行日にしました。 今号は寄稿者が一人増えて六人です。津田
浜辺に車で乗り入れた。ボクラは砂浜の先、海の水際まで歩いた。愛犬は喜んでずいぶん遠くまで駆けだした。泳ぎ出した。黒いラブラドールレトリバーだった。 辺りは白くキラキラ輝いて、たがいの姿も見えないくらいだった。光の中か
余程疲れていたのだろう。昨夜、八時ごろ寝てしまった。目覚めたら、もう朝の六時。十時間、眠ってしまった。こんなことは、久しぶり。アルファさんはやってこなかった。きっとボクの疲労を癒すために、会いに来なかったに違いない。そ
きょうは、林の中を歩いていたが、アルファさんの姿はなかった。蝶の親子が三頭飛んでいた。二十センチくらいある大きな黄色い蝶だった。種類はなんて呼ぶんだろう。不勉強なボクにはわからなかった。モンキチョウよりはるかに大きく、
死んで、よみがえること、あるかしら。 オメガちゃん、実は、わたし、あの世からやってきたの。 アルファさんは真顔でこう言った。 でも、オメガちゃん、わたし、あなたを愛してるのよ。これだけは信じてちょうだい。あの世か
午前二時五十分。 昨夜からまだ考え続けている。 夢はつながっている。 毎晩アルファさんの見る夢とボクの夢がつながっているのだ。 だから、夜がやって来ると、いつもこうして見つめあったり、ときに、おし
今年、初めての芦屋ビーチクラブ。快晴に恵まれて。 きょうは、雑草を抜いたり、小石を拾ったりしたが、おおむね仲間とおしゃべりだった。 たまには、おさぼりも、イイジャンカ! 新年早々にふさわしく、ウキウキした気持ちで
笑っちゃうな、ほんとに、なんでこんなに悩むんだろう、好きなら、好きといえばいいのに。でも、愛しあうって、そんなかんたんなもんじゃないんだ、そうじゃないだろうか。ふたりのひとが、同時に、愛しあうって。 まだ午前零時五十
こんなことを考えてしまって、眠れなかった。 どこにいるかわからない、所在不明の女性を愛していいのだろうか、そんな愛、許されるのだろうか。 午前二時四十二分。 ベッドに横たわったまま、じっと天井を見つめていた。
午前二時五十分だった。 どうしても聞きたいことがあって尋ねた。 「アルファさんってどこから来たの」 「北の国から」 「北と南と、どう違うの」 ボクは西も東もわからないから、 「西も東もどっちがどうか、わからないけど
声が聞こえた。 オメガちゃん、ここよ、ここにいるよ。 午前三時三十八分。 小さな沼に群生する冬枯れたヨシの間から、アルファさんの顔がのぞいていた。この沼にアルファさんは住んでいるのだろうか。こんなところで暮らして
榎本三知子さんから詩誌が送られてきた。 「鳥」第85号(最終号) 編集者/佐倉義信、なす・こういち、元原孝司 2023年12月30日発行 この号で、詩誌「鳥」は終刊する。1983年創刊か
不思議なことがわかった。 今夜、ボクがアルファさんと呼びかけたら、彼女が出てきた。顔だけが、頭の中に浮かんでいた。スーと出てきて、ふわぁっと消えた。一瞬の、音のない、波のゆらめき。 スマホを見ると、午前一時三十一分
永井ますみさんから送られてきた詩誌を読んだ。 「現代詩神戸」283号 編集/永井ますみ・今猿人・神仙寺妙 2023年12月10日発行 十九人の作家が二十四篇の詩を発表している。すべて楽しませて
結局、誰にもわかってもらえないことがあるのだと思う。そして、それでいいのだと思う。自分ひとりだけのこと。 アルファさんのことだって、誰も信じてなんてくれないだろう。でも、今夜も彼女はボクのそばにやってきてくれた。
こんな未明に会える人がいる。アルファさん。 この人についてまだ何もわかっていない。でも、これからわかるかもしれない。 ベッドに寝ころんだままスマホに手を伸ばし画面を見た。こう書いてあった。2024年1月1日AM3時
新年は朝四時前に起きた。睡眠状態から目覚めへ移行する間に浮かんだイメージを連載物の作品にしようと考えてみたり、また、今年の三月一日に発行予定の芦屋芸術十九号に昨夜メールで寄稿してくださった方の原稿を読んでみたり、それか
きょうの午後四時過ぎ、今年最後になるが、芦屋浜から総合公園への散策を楽しんだ。歩きながら、不図考えた。まったく個人的な話だが、この一年、私はそれなりにやりたいことをやり遂げたのだった。ワイフを喪って九年目、やっと彼女か
来年が崖っぷちから崩れて 消滅していた きょうが 最後の日だった
今夜は十二月二十九日、今年最後の忘年会だった。友人Nの家で五人の男が集まって酒杯を交わした。いつもお世話をかけているN夫人の手料理が出された。妻を喪って九年、私は一度たりとも夕食は家で摂らなかった。毎日、外食だった。朝
わたくしはひとりだった。 ここではさまざまな人が働いているのだとばかり思っていた。しかし、それは虚妄だった。 音もなかった。別に眠っているわけではない。目覚めているのだが。言葉さえ聞こえなかった。無音で、無言だった
十一月になって、身近で暗い話が語られていた。詳細は書けないが、大切な友人が躁うつ病が悪化して傷害事件を起こしてしまった。今は、入院治療をしているが。 その他にもさまざまな暗い話があった。そしてきのう、深く付き合ってき
前頭葉に 唇が開いていた ここから入れ 彼は そう言った 前頭葉の唇に私の唇を重ね ねっとり たがいの舌を絡み合わせて やがて 私は 中へ導かれた
きょうは芦屋ビーチクラブの活動の本年最終日。ただ私は九時半から用が出来ているため、朝八時に参加し、みんなに最後の挨拶をしてそのまま我が家に帰った。 帰路につく前、数人の仲間が芦屋の海を背にいっしょに写真を撮ってくれた
先月11月22日から、今月12月22日まで、つまりきのうまで1ヶ月31日間、毎日詩を一篇作りそれにあわせて挿絵を一点描き続けました。やり遂げました。すべて芦屋芸術のホームページに毎日発表しています。 去年の10月31
ボクの方からお別れするつもりなんてみじんもなかった。だが、誘われた以上、その夜、出かけざるを得なかった。ボクにとってはやるせなく、とても淋しいパーティーだった。 会費は一人三千円だった。E子の家で。彼女も入れて七人。
さて、ここでT氏のY研究所における最後の講義のあらましをご報告しておきたい。興味深いだけではなく、心の底に強い印象を残し、少なくともその後の小生の人生の航路を転換させたことだけは告白しておきたい。出来得るなら一人でも多
結びついたまま 離れなくなった 混乱していた 乱れて 右手が出ていた そんなあなたが好きです 右手を左手が押さえて 中に入れた 足が歩きだした 歩きながら ほどけていった 結び目は消えていた
死者の霊と交わることが出来るという触れ込みに興味を覚え、彼はその会に参加した。申し込みはネットで受け付けていたが抽選で十名ということもあって、まさか参加出来るなんて思いもしなかった。忘れていたころ、案内状が来た。 ビ
直接対応することにした。タマネギを大量にスライスした。再就職をするのならここだ、彼はそんな思いを心に秘めて、タマネギを切り続けた。まだ得体の知れないあいつの仮面を取り外してやる、必ずほんとうの姿をあぶりだしてやる、固く