芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

アルファさん 第二十一夜

 夜の六甲山を歩いた。もう夜中の十二時は過ぎているだろう。こんな夜更け、誰もいなかった。アルファさんと二人きりだった。

 ボクは昔、もう四十年前後になるが、九年前に亡くなったワイフと息子たちと四人、日曜になればよく六甲山をハイキングした。さまざまなルートを歩いた。でもやはり、最初の頃に歩いた高座ノ滝から六甲最高峰を経て有馬温泉に出たのが、ひとしお懐かしい思い出だった。

 アルファさんはボクの心を見とおしているのだろう、「オメガちゃん、今夜、六甲山を歩かない」、そう言ってくれた。二人で高座ノ滝へ出て、左側の登山口から芦屋ロックガーデンを渡り、風吹岩に着いた。ほとんど四十年ぶりだった。ここで一服。暗い大阪湾。それを取り巻く神戸から大阪にかけての百万ドルの夜景は、「オメガちゃん、美しいネ」。

「オメガちゃん、あなた、七十になればもう一度三十代を思い出して、二人で六甲山を歩こう、そんな約束を奥さんとしてたでしょう。その果たせなかった約束、今夜、あたし、あなたにプレゼントしてあげる」

 最高峰に到着した。一月二十一日、日曜日の未明、二時半だった。ボクラは単調な魚屋道を下って、闇の中を、有馬温泉へ向かった。