芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

詩誌「布」三十八号を読む。

 先田督裕さんから詩誌を送っていただいた。  どこか「おかしみ」が感じられる詩が多々あった。特に男性群の詩はその傾向がいちじるしく、ほとんど「滑稽」と言えるのだった。    「布」三十八号 2021年9月20日

詩誌「リヴィエール」179号を読む。

 永井ますみさんから送られてきた詩誌を読んだ。    「リヴィエール」179号 発行所 正岡洋夫 2021年11月15日発行    十八人の詩人の詩十九篇、七人の詩人のエッセイ七篇で構成されている。

ラファイエット夫人の「クレーヴの奥方」

 数日前にラクロの「危険な関係」を読み、そうだ、恋愛心理小説の作品をもう少し読んでおこうと思い、この本を選んだ。    「クレーヴの奥方」 ラファイエット夫人作 生島遼一訳 世界文学全集Ⅱ―4所収 河出書房新社

ラクロの「危険な関係」

 新年が来た。私の年頭の読書体験は、これだ。    「危険な関係」上巻 新潮文庫 平成元年九月二十日十刷   同上    下巻 新潮文庫 平成元年九月二十日七刷   (ラクロ著 新庄嘉章、窪田般彌訳)  &nb

宮本輝の「錦繍」を読んだ。

 この十二月四日、第一土曜日、私は地域活動をやっているある団体の会合に参加した。というか、この団体は毎月第一土曜日の夜にご近所のサイゼリアで会合をやっていて、会員になっている私は時間が許す限り参加している。言うまでもなく

「シレジウス瞑想詩集」再読

 無宗教のくせに何を思ってか、私は十月辺りから主にキリスト教神秘主義の文献を読んでいるが、この本もその流れにそって、扉を開いた。    「シレジウス瞑想詩集」(上巻) 岩波文庫 2005年11月16日第3刷  

きのう、私は感謝した。

 私は二十九歳から、亡妻「えっちゃん」とふたりで、主に損害保険の代理店を家業にして、この世を渡って来た。現在七十二歳だから、もう四十三年間、この仕事で家族の衣食住をまかなってきたわけだ。  この間、代理店業の在り方も時代

イグナチオ・デ・ロヨラの「ある巡礼者の物語」再読

 無宗教の私にとって、この本の感想文を書くのは、トテモ無理だろう。生まれてからこのかた不勉強のため、キリスト教を含めて、あらゆる宗教に精通せず、ひとかけらの宗教心も宗教体験も持たない身であってみれば、それは当然の話だった

きょう、イシガメさん、冬眠します!

 次男が小学校五年生の時の誕生日のプレゼント、イシガメさんが、きょう、冬眠します。  来年の春三月、目覚めたときは、三十三歳。  例年、十二月の中旬頃に冬眠させますが、ここ数日とても寒くなったので、私はきょう実行する決意

イグナチオ・デ・ロヨラの「霊操」再読

 私がこの本を再読した理由は、過日、ベルグソンの「道徳と宗教の二源泉」を読み、彼は極めて積極的にキリスト教神秘主義を評価しているのを知った。もちろん、宗教における神秘体験に関して言えば、仏教でもイスラム教でも絶対者や仏な

クザーヌスの「神を観ることについて」再読

 この無宗教の私が、はたして神を観ることが出来るのだろうか? そのためには、いかなる有効な方法があるのだろうか? 今回再読した本にはそのヒントが提言されている。その一例をあげてみよう。  旧約聖書の冒頭の「創世記」には、

六甲山、果たせなかった約束。

 六甲山には懐かしい思い出がある。  まだ三十代前半の頃、私たち四人家族は休日のたび、よく六甲山のハイキングに出かけた。リックサックに簡単な昼食、例えばおにぎりとかカップヌードルなどを詰め込み、さまざまなコースを歩いた。

夜の海

なるほど この坂は なだらかではあるが いつまでたっても 下降するばかりだった けっして 全身 おおげさな身ぶり手ぶりで 崩壊するのではなかった 崩壊する前に すでに沈んでいるのだった 両手 両足に 海の藻がからみついて

ダンテの「神曲」再読

 昔、半世紀前、二十歳頃に読んだこの本に、おそらく少なからず影響されていた、私はそう振り返る。こんな個人的な話を続けてオシャベリしてゆくが、私は二十二歳の時に書いた「ハンス・フアプーレ」という作品を去年の十月二十五日に発

言葉と靴

言葉も靴も 人間の脳から生まれた 靴は 足の数だけ必要なので 大量生産しなければならなかった 一方 言葉は 無数の脳の中で さまざまに変化して生きてきた

私は出かけた

私は出かけた 上から五十年前の武庫川を見下ろしていた もし帰れなくなったらどうしよう そんな不安な気持がした 芦屋の我が家から 西宮の武庫川まで 一瞬だった 私は臆病になった 早く帰ろうとした いや もう帰りたいと焦燥し

海の上の星

 この十一日の木曜日は、上弦の月と木星が最接近するはずだったが、あいにく、天候に恵まれなかった。翌十二日もあいかわらず曇っていて、ときおり雨が降っていた。  きょう、十三日、朝から晴れ間が出ていたが、午後二時くらいには曇

月と金星が遊んでいた。

 きのうの天気予報では、今夜は曇り、そして雨だった。  ところが、天の五割くらいはあちらこちら雲が浮かんで空を覆っているが、開いた空間には、木星や土星、夏の大三角ばかりか、南西の空に月と金星!  夕方の五時半くらいから芦

月と金星の夜

 きょうは立冬だといっても、このところ暖かい日が続いている。  あすは、月と宵の明星が最接近する日だが、どうやら空は曇りそうだ。一日早いけれど、午後五時過ぎ芦屋浜に出て、暗く沈んでいく黄昏の空を仰いだ。  南西の空に月と

夜の池

精神が崩れ落ちるのが見える   かさぶたははがれ   両眼だけが浮かんでいる   松が二本 倒れていた

ダンテの「新生」

 なぜこの作家の作品を読み直そうと思ったのか、理由は二つある。  まず、過日読んだイヴリーン・アンダーヒルの「神秘主義」の中で、神秘主義詩人として高く評価されていたこと。  次に、二十代半ばで愛していた女性ベアトリーチェ

エックハルトの「神の慰めの書」再読

 先日、「エックハルト説教集」を読んでみたが、確か同じ著者の本がもう一冊あったはずだ、本棚を探して、それを抜き出した。    「神の慰めの書」 M・エックハルト著 相原信作訳 講談社学術文庫 昭和60年6月10

「エックハルト説教集」再読

 以前この著者の本を読んだのは、おそらくハイデガーがこの著者に言及していたためだったのか、その流れの中で読んだのだろう。  このたび、再読した。それは、先日読んだイーブリン・アンダーヒルの「神秘主義」という本に詳しく紹介

カアカアふたり、毎日。

 ここ一ヶ月余り、カアカアたちは、朝六時頃から午後四時頃まで、毎日五回くらいやってくる。カアカア「たち」というのも、いつもふたりで連れ立って、ご飯をオネダリにくる。我が家の庭のウッドフェンスに女ガラス、シマトネリコの枝に

イブリン・アンダーヒルの「内なる生」

 この著者の「神秘主義」という本を、私は数日前に読んだ。極めて興味深い内容で、神の愛から隣人愛へとあふれ流れる生命を、主にキリスト教の聖人達の言葉や実践を通して丹念に描いたものだった。同じ著者の本をもう一冊手にした。 &

イーブリン・アンダーヒルの「神秘主義」

 過日、ベルグソンの「道徳と宗教の二源泉」を読んだ時、この本が紹介されていた。早速、購入して読んだ。    「神秘主義」 イーブリン・アンダーヒル著 門脇由紀子 他訳 ナチュラルスピリット 2016年9月23日

ジョン・クラカワーの「空へ」

 東京のAさんからのおすすめで、この本を開いた。    「空へ」 ジョン・クラカワー著 梅津正彦訳 山と渓谷社 2019年12月25日初版第三刷    この本の副題は、「悪夢のエヴェレスト 1996年

とうめい体

もうろうとして もつれた 無数の糸 指 足 頭髪 めくれ はがれ もつれ やがて 無数に こきざみに けいれんして とうめいに うすれていく

ベルグソンの「道徳と宗教の二源泉」

 葉脈のように横に広がっていく読書が私は好きだ。ずっと広がっていく先は、ほとんど未知の世界であって、あちらこちらでさまざまな人たちの心の喜びや苦しみが光っている。とてもステキではないか。    「道徳と宗教の二

「現代詩神戸 274号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。永井さんの詩を中心にした同人活動には感服する。    「現代詩神戸 274号」 編集 三宅武・永井ますみ・田中信爾 2021年9月10日発行    十八人の詩人

「リヴィエール178号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール 178号」 発行所 正岡洋夫 2021年9月15日発行    この詩誌は十八人の詩人の詩、十九篇、その内の七人の詩人がエッセイを書いてい

彼岸花、石亀。

夏のさなかでも いっぱい ごはんを食べていた イシガメさん 九月のなかばから ずいぶん 少食になって 食べ残したごはんが 小さな池の水面に浮かんでいる   彼岸花が咲いていた

残暑、石亀。

日曜日には たいがい 三十二年間 イシガメが住んでいる 我が家の庭の片隅の 小さな池のお掃除をする   カメさんには 衣食住の衣はいらないが 住環境をととのえてあげるのは 彼の長生きのヒケツ それに ボウフラさ