芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「パスカル小品集」を読む。

 この本を開いたのは、先月、ラファイエット夫人の「クレーブの奥方」を読み十七世紀フランス作家の文章をもう少し読んでおこうと思った、それに加えて、去年の九月にベルグソンの「道徳と宗教の二源泉」の中で神秘主義についての積極的な評価があり、その後、私はその傾向の本を若干追いかけていた。こうした二つの方向の接点で、この本を選んだ。

 

 「パスカル小品集」 パスカル著 由木康訳 白水社 昭和17年10月20日13版

 

 戦前、昭和十三年三月三十日に発行されたこの本は、昭和十七年には第十三版を数え、この第十三版は二千部発行されている。ささやかな話題だが、こんな時代にこんな本が出版されていた事実も知っておいて、出来れば、ちょっと頭の片隅に残しておきたい。

 ところで、パスカルの本の出版物の中で、特にこの本に手を出した理由は、先程述べた神秘主義の流れの中では、やはりパスカルの「覚書」が訳出されたこの小品集が適切ではないか、私はそう思った。確か、ベルグソンが紹介していたアンダーヒルの「神秘主義」にもこの「覚書」が言及されていた記憶がある。

 パスカルの「覚書」は短い文章で、ほんの一分もあれば読めるだろう。しかし、彼が、彼の所謂「幾何学的精神」を超越した原点が、三十一歳の時、十一月二十三日の夜に書かれたこの短文に圧縮されているのではないだろうか。だからこそ彼は、この短文をしたためた紙片と羊皮紙を胴着の裏に縫い付けてこの世を去るまで肌身離さず生活していたのではないか。この短文は、パスカルの二時間にわたる神秘体験が言葉で純化されたものだった。

 

 神以外の、この世および一切のものの忘却。(本書180頁)

 

 全き心地よき自己抛棄。

 イエス・キリスト及びわが指導者への全き服従。

 地上の試煉の一日に対して永久に歓喜。(本書181頁)

 

 この短文には、このような言葉が書かれていた。未読の方はぜひ読んでいただきたい。

 全体の内容に関して言えば、二十五歳前後に書かれた「真空論の断片」から、晩年、といって三十七歳頃ではあるが、「貴族の身分について」まで、さまざまな小品が幾何学的世界から神学的世界に向かって、バランスよく構成されている。晩年の「貴族の身分について」は、パスカルのわかりやすい人間論と言ってよく、現代社会にまで通底し、一読に値する。

 また、彼が社交界に出入りしていた二十九歳から三十歳頃に書かれたといわれている「恋愛の情念について」は、私にとっては、スバラシイ文章だった。パスカルもこんなふうに考える時期があったんだ、そう思うと、不勉強で無信仰な私でさえ、ホッと安堵し、胸を撫で下ろしたのだった。煩を厭わず、何行かご紹介して、この拙文を終わる。

 

 恋愛と野心とが人生を始め且つ終わらせるとき、人は人間性の達し得る最も幸福な状態にあるのである。(本書32頁)

 

 我々は生れながらにして心の中に愛の刻印を持っている。(本書34頁)

 

 情念は過度にならねば、美とはなり得ぬ。(本書44頁)