芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

何もなかった

死が近づいているのだろうか すべての顔が消えていた   一枚 一枚 はがれ落ちて 最後の一枚は 自分の顔だった

離脱体験

 これから語ることはまったく個人的な事柄なので、さまざまな一般論から物事を考えたり感じたりする方には、不向きな話だった。ひょっとしたら私だけの特殊な体験なのかもしれない。  前置きはこれくらいにして、先月の二十五日土曜日

ミモザの花

 きのう、お友達から黄色いミモザの花をいただきました。  さっそく、ダイニングルームの東窓の飾り棚にいまも祀っているえっちゃんとジャックとアニーの骨壺の前を彩ってくれました。  こまやかな情感が漂っている花、わたくしはそ

恋の花びら

音信が途絶えても まだメールに残っているもの   もう見えないのに アルバムで笑っているもの   別れてしまったのに 動画で語りかけてくるもの   ディスプレイにいつも咲いている白い花 紅い

回転幻想

もつれて 球形になって どこまでも 転がってゆく   手と足が四つ 頭が付いた首 二つ 胴体 二本 腕 四本 脚 四本 乳首 四つ くちびる ふたつ サイレンみたいに喚き散らして からまりあい もつれあい 一個

芦屋の親水公園、いま、菜の花が満開。

 我が家のご近所、親水公園東端にある花壇。お花畑に菜の花が満開。私も参加していますが、みんなのボランティア活動で、こんなに綺麗に咲いてくれました。  毎月第一日曜日の朝十時から、花作りをやっています。

楽しかったと言いたい

すべてを忘れてしまった 虫メガネで見ても 望遠鏡で見ても 何も見えなかった やはり ばくぜんとして こころも からだも どこにも見あたらなかった ただ つまさきにだけ 靴音を残したままで   それでもわたしは楽

「風のたより」27号を読む。

 伊川達郎さんからこんな文芸誌が送られてきた。    「風のたより」27号 発行/風のポスト 2023年3月1日発行    巻頭、小坂厚子の詩<~バアさんと「朝」に>から始まって、兄妹の会話を中心に組

この世にいない

 頭が混乱していた。    きのうか、数日前か、それとも二、三年前のことか、判然とはしなくなってきた。確かきのう書いたはずだと、最初そう頭の中は語っていた。数分後には、いやあの作品を仕上げたのは数年前だったよ、

後藤光治個人詩誌「アビラ」十三号を読む。

 後藤光治さんから詩誌が送られてきた。    後藤光治個人詩誌「アビラ」十三号 編集発行 後藤光治 2023年3月1日発行    この詩誌は、従来の構成通り、まず巻頭に「ロラン語録」、次に「詩作品」六

一か月の恋

 すべては灰色だと思っていた。    外界では、確かに無数の形態を持ちさまざまな色彩で彩られた物質や生命で満ち満ちているくらいのことは承知していた。けれども、外界に存在しているにぎやかな形態や色彩が私の内界の境

島が来る

島が来た わたくしに 島が来た   島が来て 初めてわかることがある   あらゆる人に 島が来る   それは無人島だ なにもない   一本の骨もなかった この島には  

詩誌「カルバート 2号」を読む。

 山中従子さんから詩誌が送られてきた、早速一通り読んでみた。    「カルバート 2号」 発行・編集 樋口武二 2023年3月5日発行    十三名の作家による詩作品を中心に評論や写真や絵や、さらに詩

「座」第74号を読む。

 津田文子さんから詩誌が送られてきた。    「座」第74号 発行・座の会 2023年2月1日発行    この詩誌は、六人の作家で十篇の詩が発表されている。  巻頭の中西弘貴の作品「水場」。微かなエロ

落山泰彦の「私の青山探訪」を読む。

 ひょんなことでこの本の作者と出会った。しかも芦屋市海洋町という同じ町内の住民だった。といって、同じ町内でも出会い、語り合うなんて、そうざらにあることではない。縁があるのだろう。生きるってステキじゃないか。  

高橋馨詩集「蔓とイグアナ」を読む。

 長い歳月をこの世で暮らしているうちに、自分の固有空間とでもいうものが生成・発展するのだろうか。そして、この固有空間では、所謂「世間」とは多少ズレたり歪んだり曲がったり外れたりしている映像や色彩や線や話し声、果ては超自然

ポトツキの「サラゴサ手稿」を読む。

 以前、私はこの作品の抄訳、「世界幻想文学大系第十九巻」(工藤幸雄訳、昭和55年9月30日初版)を読んでいる。このたび全訳が出る、そういうことで早速読んだ。    「サラゴサ手稿」(上) 2022年9月15日第

「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」を発行します!

 今年は正月を返上してこの作品の推敲に私は没頭した。それからも折に触れ細部を修正し、きょう、やっと完成した。外見から見れば、四百字詰め原稿用紙二百七十枚くらいの恋愛小説に見えるかもしれない。しかし、よく見れば、恋愛詩篇だ

「芦屋芸術十六号」が出来ました!

 きょう、「芦屋芸術十六号」が出来上がりました。発行日は三月一日ですが、かなり早く仕上がりました。  芦屋芸術十号から十五号までは私一人で執筆していましたが、今号は二人の作家に作品を書いていただきました。また、絵も従来の

何かいる

大きな紙袋を見つけた 薄茶色で分厚い紙で出来ている 家の中で見つけたと思うのだが なんだかボンヤリしてしまって どこにあったかわからない 両手で持ち上げると 袋の口は閉ざされている ノリでビッシリ張り付けられているのか

なにをおしゃべるするために

なにをおしゃべりするために 亡妻はやって来たのだろう 雪の降り積もった 運動場を 六十数年前の バラックに近いボクの小学校の校舎 だがもう何かの展示場か事務所に変わっていたが その建物に向かって 車を飛ばした 久しぶりに

東には、待宵の月。

              KMに   西の方には 六甲山の上に 小さなラグビーボール状の紅い雲が 二つ三つ浮かんでいる あとは 風もない 雲もない 夕暮れ 東には 親水公園の 木立に浮かぶ 二月の待宵の月 &

芦屋、親水公園のお花畑にて。

 近所の親水中央公園東端にある花壇で、毎月第一日曜日の午前十時から十二時ごろまで、「南芦屋浜はなとまちプロジェクト」が活動をしている。簡単に言えば、お花畑を作る会、である。私はこの会に参加して、余程のことがない限り、月一

椅子とコタツ

わたしは この椅子に座って 毎日 詩を書いている もう一年余りで 七十歳も半ばがやって来るというのに 認知症になって施設に入所するまで この椅子に座って 詩を書き続けている そして あなたは 冬の間 ずっとコタツに足を突

伊藤芦屋市長と、ドッグラン設置会の代表が面談しました!

 私が所属している市民運動、芦屋のドッグラン設置会が1月11日午後1時半から芦屋市役所で市長と面談しました。参加者はドッグラン設置会の代表六人と紹介・立会人の芦屋市会議員長谷基弘氏。芦屋市にドッグランを設置する反対派もい

「えっちゃんの夏」を出版します!

 ここ数か月以内に、「えっちゃんの夏」を出版します。  この作品を完成させるのにもう九年近くかかってしまいました。私の妻「えっちゃん」が亡くなった直後に、つまり彼女は九年前の七月十九日に死去し、その後すぐ、八月十五日に私

清 位裕美が詩を書き始めた!

 この一月はとてもせわしなく過ぎた。今年の一月は今日、三十一日火曜日でやっと幕を降ろす。  やることが多くて、ほとんど限界値を生きていた。振り返ってみれば、確かにそうだった。  概略を書きつらねても、平日は毎日午前中、事

クープリンの「魔窟」を読む。

 そもそもの発端は、トロツキーの「文学と革命」だった。この本を読んで私は一九〇五年のロシア革命の挫折の前後、十九世紀末から一九二〇年代までのロシア文学に興味を持った。あれこれ作品を読み漁った。このたび読んだ作品もその流れ

中継点から

 今頃になってこんな話になってしまった。だったらこの先どうなってしまうのか。私の頭は混乱して荒野をさまよっている。  確かに誰にも中継点があるのはわかっていた。その中継点で様々な会話が交わされている。言うまでもないが、他

初雪

 初雪が来た。庭の水道栓が凍結していた。私の住んでいる町では珍しい出来事だった。  昨夜、友人四人と連れ立って、阪神芦屋駅近くの宿六という居酒屋で七時ごろから飲み始めた。十時過ぎ、雪の降り止んだ帰路は凍結していた。タクシ

夜のライオン

 きのう、不思議な話だが、八年余り前に死んでいるワイフといっしょに散歩した。いつのまにか二人は近所の動物園、阪神パークの檻の中へ入っている。ちょうど真ん中あたりで、オスのライオンがぐったりして伏せていた。傍らの床の上には

椅子を抱いて眠る女

             KMに捧げる   あなたは椅子を抱きしめています 椅子を抱きしめて眠っています わたくしの壊れてしまった椅子を バラバラに砕けてしまった椅子の夢を あなたは やさしく たいせつに 両手

「芦屋芸術十六号」の編集・校正が終わりました!

 この三日間、午前二時ごろ起きて、「芦屋芸術十六号」の編集・校正を終了しました。ワードで打ち込んだ原稿をPDFに変換して、校正刷りもしました。ちょうど190ページの雑誌になりました。内容は以下の通りです。  

詩誌「リヴィエール」186号を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール」186号 発行所 正岡洋夫 2023年1月15日発行    この詩誌は、十三人の作家で表紙裏の詩を含めて十六篇の詩、五篇のエッセイで構成

ゴンチャロフの「オブローモフ」を読む。

 この長編小説を読んでみよう、そう思ったのは、以前ローザルクセンブルクの所謂「ロシア文学論」(ローザルクセンブルク選集第四巻189頁以下参照)にこの著作が言及されていたからだった。何事もその裏付けを取っておく、私のそんな

そう思うようになってきた

死んでから あなたに 愛しているこの気持ちを 伝えることは出来ない   だから この歳になって ちょっと恥ずかしいけれど ひょっとして好きになったら 生きてるあいだに 思い切って あなたを愛しています なんて

芦屋芸術の新しい友と出会った。

 きのう、一月十三日金曜日午後三時ごろ、以前から一度お会いしましょうと約束していたAさんと阪神芦屋駅前の喫茶店西村でコーヒーを飲みながらおしゃべりをした。  Aさんは芦屋芸術に好意的な人で、自分でも何か書いている、そんな

彼の遺書、あるいは最後のラブレター

             金槌さえあれば、私の人生なんて粉砕することもたやすい。    君のてのひらは 五月のお花畑のように  花のつぼみを芽ぐもうとしています  君の顔は 九月の宝石箱のように  そのまつげは

東川絹子の「三池の捨て子」

 この本は既に廃坑となっている三池炭鉱のある一時期を回想した、そう言った回想録だ、そういう風に読める本だろう。確かに三井三池炭鉱は一九九七年三月三十日に閉山されているのは周知のとおりである。また、この本は日本の特異な場所

四つの断章から

 第一章から 遺書   洟をかむと 花紙の真ん中に 鼻が残されていた        第二章から 境   狐の嫁入りの 境を行けば 右半身は 雨に濡れ 左半身は 乾いている

望遠鏡の恋

 この二年間というもの、何ものかに見つめられている、得体も知れない何ものかに……そんな苛立たしい妄想に悩まされて、わたくしは憔悴した日々を送っていた。殊に深夜から未明にかけて巨大な眼球にじっと凝視され観察されている不安に

正月は終わった

正月は終わった 酔っぱらって 倒れた 目は目を見つめ 唇は唇を訪ね たがいの手のひらを探して 足は足を追う そんな束の間だった ここに正夢は消えた これからは 歳末まで 悪夢に悪夢を 月日に刻んで いよいよ深くするのであ

おめでとう!

一月一日元旦。午前三時ごろ起床。今年どうしても出版したい作品「えっちゃんの夏」を推敲。午前七時前、我が家を出発。芦屋マリーナへ。おおよそ七分前後、速足で到着。新年の日の出をスマホで撮りました。キレイだった!おめでとう!

「芦屋芸術十六号」を出版します!

 「芦屋芸術十六号」を出版します。  「芦屋芸術」はこの三年間、十号から十五号まで、私一人で執筆してきました。私なりの思いがありました。ある程度、その思いは達せられたのではないか。これからは少し考え方を変え、私が好きな人

空色の箱馬車

大空は苺色に色づいてきたではありませんか もうすぐ夜ですねえ あなたとわたくしは てのひらとてのひらをくくりあわせて この空色の箱馬車の黄色い手綱を握りしめ くるくる くるくる 鞭打って お月様のかかった森の向こうへ 妹

指は白く

恋情よ 恋情よ つのりくるおまえのゆくてを ふみこえて 指は白く 足は白く こころは白く 白くみがかれて いかなる吹雪のめぶこうとも わたくしはあなたのベエゼに近づく    ♠ ♥ ♠   ひとたびも

恋心

もうすぐそこまで来てるくせに もうすぐやって来そうでやってこない 窓かけの後ろにためらっている 美しい福音のように誤解されがちな恋文を伝えてくるあなた わたしは ひねもす あなたの門の前を行ったり来たり行ったり来たりして