芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

この世にいない

 頭が混乱していた。

 

 きのうか、数日前か、それとも二、三年前のことか、判然とはしなくなってきた。確かきのう書いたはずだと、最初そう頭の中は語っていた。数分後には、いやあの作品を仕上げたのは数年前だったよ、頭は呟いていた。

 夜明け前から混乱した頭を抱えて、わたしはダイニングルームのテーブルに置いてあるいつものパソコンの中を探した。すべての記録を確認しようと意気込んでいた。どうしてもこの混乱から脱出したい、そのためにはあの作品を探し出し、再読する以外に、すべての道は既に断たれていた。

 朝の五時が近づいていた。あの作品はまだ見つからない。もう記憶の中に生きているだけだった、すっかり混乱して、黒雲が千切れ、乱れ、荒れ狂うこの頭の中のどこかに。

 

 作品は

 しばらく

 別れようと 言った

 しばらく

 

 それ以来

 わたしは作品と会っていない

 一度も 会っていない

 だから

 

 あれほど愛して完成したけれど

 愛したけれど

 作品にとっては

 わたしはもうこの世にいないのだった