芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

夜のライオン

 きのう、不思議な話だが、八年余り前に死んでいるワイフといっしょに散歩した。いつのまにか二人は近所の動物園、阪神パークの檻の中へ入っている。ちょうど真ん中あたりで、オスのライオンがぐったりして伏せていた。傍らの床の上には黄色い三角形の中に黒字でビックリマークがついた紙が張り付けてある。もう老ライオンでかなり弱っている。近日中に殺処分の予定。もし欲しい人があればお持ち帰り自由。注意マークの下にそんな趣旨が書き込んである。私はワイフと顔を見合わせた。我が家へ連れて帰ることにした。

 きょう、ライオンを連れてワイフと散歩した。リードがないので、とりあえず彼女は物干しロープで間に合わせていた。私たちは彼をジャックと呼んだ。六年前に亡くなった我が家の愛犬の名前だった。いつもワイフと二人で歩いている近所の親水公園や芦屋浜を、きょうはジャックもいっしょだった。ちっちゃいワンちゃんとあちらこちらで出会うが、優しい顔つきで彼等がじゃれるのにまかせ、ライオンはおとなしくオスワリしている。

 ふいにいつもと違うコースを歩いているのがわかった。見覚えのない小高い丘の上に出てしまった。右手の下の方から大きなワンちゃんを連れた男がこちらの方へやって来る。これはマズイ。ひと悶着が起こるかもしれない。とっさに判断して、私は左側の急な坂をジャックといっしょに駆け下りた。

 やはり、老ライオンには体にこたえたのだろう。地面に伏せて、グッタリしている。ジャック、ジャックと呼びかけて、頭をゆっくり撫でていると、私の顔をうれしそうに見つめている。そして、そのままライオンはゴロンと横たわってしまった。ダメだ、これじゃもうダメだ! 阪神パークに電話して、至急引き取ってもらい、獣医に診てもらわなきゃ……私はあわててスマホを探した。スピーカーからワイフの声がした。阪神パークは既に廃園になっているわ、それも二十年くらい昔の話よ。今では大きなショッピングモールに変わってしまったよ、こないだもそこでスニーカーを買ったばかりじゃない……ベッドに仰向けになって寝ころんだまま、薄暗い天井を見つめ、まだみんな生きているんだ、私はそう呟いていた。