芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ポトツキの「サラゴサ手稿」を読む。

 以前、私はこの作品の抄訳、「世界幻想文学大系第十九巻」(工藤幸雄訳、昭和55年9月30日初版)を読んでいる。このたび全訳が出る、そういうことで早速読んだ。

 

 「サラゴサ手稿」(上) 2022年9月15日第1刷 

  同上     (中) 2022年11月15日第1刷

  同上     (下) 2023年1月13日第1刷

  (三冊ともすべて、ヤン・ポトツキ作、畑浩一郎訳、岩波文庫)

 

 この物語は、「世界幻想文学大系第十九巻」の箱に書かれたキャッチコピー「<千一夜>のごとく多彩に、<デカメロン>のごとく妖しく!」、まさにそんな幻想味が漂う奇妙奇天烈な言語世界だった。抄訳の方は第十四日までで終わっているが、全訳は六十一日までえんえんと続く物語。第一デカメロンから第六デカメロンまで、各デカメロンは十日間にわたってさまざまな物語が語られ、錯綜する。何が錯綜するのか? 登場人物のつながり、そのつながりは迷路のような政治・文化・宗教・家族・民族・恋愛などが物語の隅々までもつれ、妖しい光を読者に投げかけるだろう。物語の最後の日、第六十一日の大団円に至ってすべての真相が明るみに出る。翻って思えば、複雑怪奇な精神旅行記だ、そう言ってもいいのかもしれない。現に作者ポトツキは旅を愛し、優れた旅行記をものしているという。また、異常といってもいい博覧強記だった。読後、物語の百科全書が六十一日間にわたって展開していた、そんな気持ちがする長編作品だった。