芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

高橋馨詩集「蔓とイグアナ」を読む。

 長い歳月をこの世で暮らしているうちに、自分の固有空間とでもいうものが生成・発展するのだろうか。そして、この固有空間では、所謂「世間」とは多少ズレたり歪んだり曲がったり外れたりしている映像や色彩や線や話し声、果ては超自然の物語なんかが見えたり聞こえたりなんてするのだろうか。

 

 高橋馨詩集「蔓とイグアナ」 高橋馨著 洪水企画 2023年3月8日発行

 

 この詩集は、三部で構成されている。第一部は<詩&写真「夢とイグアナ」>、第二部は<自由線画集「老いたる芸術家の肖像」>、第三部は<エッセイ「わたしのダロウェイ夫人」>。

 著者の固有空間には、ダロウェイ夫人が訪れたり、路上のタールが吐息したり、トイレの景色がキリコに結合したり、公園でピーターパンが葦笛を鳴らして、雲取山でジャズピアノのソロが静かに流れてゆく。ギリシャ古典世界も近代絵画もシュルレアリスム、カフカやニーチェ、川面に飛び交うユリカモメ、こうしてあげていけば限りなく無数に近づく存在者が万物照応していく。そして、固有空間で一回的な独自な姿を現すが、言うまでもなく、決してそれは永遠ではなかった。

 

 「私たちとは、本当のところ、一貫した人間では決してなく、ピーター・ウォルシュ同様に、かなり怪しげな人物ではなかろうか。」(本書87頁)