芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

彼の遺書、あるいは最後のラブレター

             金槌さえあれば、私の人生なんて粉砕することもたやすい。

 

 君のてのひらは 五月のお花畑のように

 花のつぼみを芽ぐもうとしています

 君の顔は 九月の宝石箱のように

 そのまつげは すずしく

 そのくちもとは 白い風をうれしむ

 それなのに

 それなのに

 君は わたしをにくいといい

 君は わたしをうとましいといって

 つれないこころに思えども

 つめたくわたしにあたれども

 ひとたび 愛に 誓いしなれば

 せめては 未明 

 夢の中 夜が明けるまでたわむれて

 君を とわに 追いかける

 どこどこまでも 追いかける

 

 思い出してほしい。私達はあんなにも愛しあったことを……。

 たとい君がそれほどまでにつれなくあたろうと、あるいは私のバルコニーから故知らず別れ離れてゆこうとしても、私はいつまでも覚えている、かつて私は君を愛したのだと。もしも私がこれまで生きながらえて来たとしたなら、かつて愛した君への愛が私を生かし続けてきたのだと。そうだ。私が死んでも、私の愛だけは生き残り続ける、君に誓った愛だけは……。

 考えてもごらんなさい。おそらく私が死んでも、私の愛のほうは生きながらえて、夜も更けゆきシイーン、ものみなが寝静まったころ、遠い君の臥所のかたえに、例えばカラスに化けた私の愛がバタバタバタ! 飛んでゆくのです。恐ろしいことではありませんか。暗い憂愁に鎖された私の愛は、冷たいオパールのような死化粧を匂わしているのかも知れないし……。

 いま、私は想像している。私の愛が化身したカラスのクチバシが君の頬に接吻する一瞬を。君の襟首に、君の腰のあたりに、それよりも君のふくらはぎのほうに、君の足の指に……。

 ソラッ! カラスのクチバシは君の薄い寝衣装さえ一枚一枚ていねいにはいでゆく。けれど君よ、許してくれたまえ。何故といってこの愛のカラスは生命のある血の通った私の愛ではなくて、生命の途絶えた死後の愛なのだから。つまり言ってみれば私という肉体が消去された愛、私がいようがいまいが、意識しようがしまいが、かつて存在し・いま存在し・これからも存在するであろう純粋な愛の波動……ソオ、ソオ、そんな盲目的な愛という波動のなせるワザなのだから。

 サア。君の赤裸な白い姿が闇の中からシラシラ浮かんできた。私は嬉しい。かつて一度たりとも触れなかった君の肌が、あんなにも触れることをためらいがちに危ぶまれたしめやかな水の音がする君の肌が、触れようとすればするほどイヨイヨもって遠ざかりゆきそうな君の肌が! サア。私の眼前に惜しげもなしに横たわっているのだ!

 むしろ私は食べてしまいたい。ふっくりした耳たぶやら、アイスキャンデーをしゃぶるような小指やら、あたたかい雪で出来たふともものふんわりしたあたりやら、小さなふたつのお山に白い花粉をまき散らしたトテモ装飾されておいしそうなお尻やら……私の胸裏には熱い情念のしぶきがジューンと込みあげてくる。ああ君をマルゴト食べ尽くしてしまいたい、そうして君の瞳から零れゆくあじさい色の涙を心ゆくまで啜りあげていたい、いつまでも私達ふたりの淋しい定めに泣き伏していたい……覚えずそんな乱暴で残酷な気分になっていたのです。

 イイエ。もう止めどなく奇妙きてれつな妄想が噴き出してきました。私の想像力はますます残酷無残な肉欲に夢中になって心も愛もバラバラ解体してゆきました。……私の禁断の愛はユラリユラリン君の体に吐息が触れるくらい近接して、そのあたりを飛び翔りゆき、さては愛の化身したカラスのクチバシがコツコツコツリン君の目玉をついばみ始めたりしている空想にすっかり耽っていました。それだけではもう我慢ならなくて、さらにクチバシは君の毛髪を引き抜いてみたり、ズコズコズッコン耳や首すじをツツイテみたり、人差指をかみチギッタリ、それよりも君の右足の小指をブツブツブッツン! もぎ取ったり、コツコツと、コツコツコッツンコッツンコ……やめてください、お願いです、もうやめてください、アア、痛い、アア、そこが痛くって、もうダメよ、こんなに痛くって……いや、ダメだ! やめはしないぞ! たとい君が海老になってピクピク痙攣し哀願し悲鳴をドット垂れ流しても、

 

 ……コツコツ コッツン コッツンコ……

 

 ……よしましょうネ。もういいかげん閉口ですよネ。死ぬ間際になって、こうしたハレンチな痴夢なんてますます私の心を限りない奈落の底へ突き落し閉じ込めてしまいますから。妄想の愛に溺れて、現実を嫌悪して、日ごと夜ごと私は夢想を食べて生きながらえてきました。そうです。その通りです。目の前に存在している君を抱きしめ、同じ屋根の下で愛しあってその日その日を暮らせなかった哀れなこの人生に、いまでは素直にゴメンネ、そう言って挨拶することも私は出来そうです。ハイ。これで全部です。これでオシマイです。愛の真実に気付くのが余りにも遅かったのです。ただ、遺書にまでこんなバカバカしいイタズラばかり書きつらねた私を可哀想な奴だ、せめて笑って送ってやってください。君、私のすべてだった君、サヨナラ。