孤独の中に光を見た。 それは藍色の粉末だった。
粉末のまま
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孤独の中に光を見た。 それは藍色の粉末だった。
どうしたんだと言ったら こうしたんだと答えた 馬鹿じゃないかとシカッタラ シッカリシタラ しっぺ返しされた わかった顔なんてしちゃイケナイ 注意すると きょうは行ケナイ なんてショートメールが
このまま終わっていくのかもしれない 地に落ちた枯葉が 宙に浮いて もう一度 小枝にとまり 緑色によみがえり 再生することがある 会議では 激論の末 この主張が否定された ものみな 再生はない 特定された生命体が 死体にな
津田文子さんから詩誌が送られてきた。 「座」第77号 座の会 2024年2月1日発行 六人の詩人が九篇の詩を発表している。それぞれ、生きてきた時間の厚みを感じさせる言葉だった。森山貞子の
人体が 泡に分解している トテモあわただしい話だった 両手がなかった まだ手のかたちは残っていた けれどそれは紫色の泡だった だから気づいたんだ 全身が泡なんだろうと もう夢であっても なかっ
チーズと思ってかじったら 消しゴムだった おいしかったね そうつぶやいて かじられた消しゴムを 筆箱にしまった ロンドンで ドローンしていた どうかしましましたか 三十前後の青年が真顔でたずねてきた アアお
朝八時ごろ芦屋浜に着くと開口一番、リーダーの中村さんから、 「山下さんは皆勤賞やな」 こんなお褒めの言葉を授かった。期待にこたえなければならない。まだやり残している東側の防波堤の下あたりに生えている雑草を抜くことを、
こんな本を読んだ。紀元65年ごろ、ローマ帝国のネロが皇帝だった時にその側近によって書かれた作品だった。 「サテュリコン」 ペトロニウス作 国原吉之助訳 岩波文庫 2023年7月27日第9刷
芦屋芸術十九号が出来ました。三月一日が発行日ですが、きょう我が家に届きました。内容は以下の通りです。 contents <招待作品> 強い味方
声はつながっている 決して大きな声ではないが といって 小さな声でもない それは無音の声 脳を走る声だった 生まれてからこのかた つまり ずっと いままで その声はつながっている 脳の奥で そ
ひとすじの川が流れている あちら側と こちら側を 引き裂くために あなたはすべてを投げ出して もう一度 出来るのか この川を渡ることが 出来るだろうか こちら側から あちら側へ あるいは あち
こんな作品を読んだ。 「シ小説・鮸膠」 四元康祐著 澪標 2023年7月25日発行 散文と詩と短歌を組み合わせて、鮸膠(にべ)という男の世界を構成した作品だった。この世に結びつこうとする
きょうの砂浜は昨夜の雨で湿っていた。 先週の日曜日、芦屋浜の掃除をしているとき、東側の堤防の階段の下あたりに雑草がかなり生えているのに気づいた。来週はそれを抜こう、そう決めた。 リーダーの中村さんに、「ボクはきょう
こんな詩集を読んだ。 「夜とぼくとベンジャミン」 高階杞一著 澪標 2017年7月20日発行 全体が五部に分かれている。いったいどんな詩集なのか、頁を開いてみよう。 さまざまな言葉の実
こんな詩集を読んだ。 「詩集 もっと 光を」 有馬敲著 澪標 2021年6月10日発行 よみやすく、わかりやすい詩集だった。著者の八十代半ばから九十歳になった直後の心象風景を描いたものだ
こんな詩集を読んだ。 「出口という場処へ」 永井章子著 澪標 2018年9月30日発行 全体が二部に分かれている。 前編は、「出口という場処へ」と題されて十三篇の詩で構成されている。「
私は今までにこの著者の本を三冊読んでいる。「石を訪ねて三千里」、「石たちの棲む風景」、「私の青山探訪」。すべて芦屋芸術のブログに読書感想文を書いているので参考にしてほしい。 著者の最初の著作は2011年2月発行だが、
頭の中で 雨が降り続けていた しとしと 十年間 毎晩 胴体の皮も手足の皮もメチャクチャ破れて ネチャネチャ崩れ始めて お粥になって 味噌汁状態になって 顔も 思い出も ぜんぶ豚汁になって ねち
二月三日、友人から恵方巻をいただいた。翌朝、切って食べるのは面倒だからそのまま丸かじりしてしまった。おいしかった。 ところで、恵方巻って何だろう。知らなかった。ネットで調べてみると、節分の時に食べる魔除けご飯のような
きのうの夜の雨で、曇天の下、浜辺の砂は湿っていた。 二月最初の日曜日。きょうもまた午前八時から白い大きなビニール袋と火バサミを手に、芦屋ビーチクラブのみんなとゴミ拾いをした。 比較的ゴミは少なかった。 いつもより
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「リヴィエール」192 発行所/正岡洋夫 2024年1月15日発行 本誌には十三人の作家の詩作品十五篇、七人の作家のエッセイ七篇、また、二〇二三年
私は新型コロナワクチンを一度も打っていない。昔から注射が嫌いだった。自然体が好きだった。学生時代に強制的に打たされたのは別にして、社会人になってからインフルエンザのワクチンも含めてほとんど注射から遠ざかっていた。といっ
水が増えない 裏の土手では 滝になって落ちている もう朝日の出るころで 全体が薄ぼんやりしている そんな灰色やもやの中から 水があふれ あちらこちら ほとばしっている チュッパー パッチュー チュパッチュー 水音が騒い
今年の一月一日元旦から、本日三十一日まで一ヶ月間、毎日「アルファさん」を連載してきました。お話と線描画(落書)をセットで書き続けました。 一昨年の十月三十一日から十一月三十日までの三十一日間、また、昨年の十一月二十二
オメガちゃん。あの世からこの世にやってこれるのは、三十一日間だけなの。ごめんね。ずっといるからって、嘘ついて。でも、愛しあった奥さんもワンチャンもネコチャンもみんな喪って半ば狂ってしまったあなたの姿をあの世から見ていて
きのう会った顔も 消えていた 頭の中は 無色だった また 彼 あるいは 彼女と 何をしゃべったのか 右の耳は 無音だった 左の耳は 忘れましたと聞こえてきた &nb
アルファさんはいつも笑顔だった。怒ったり悲しんだりさげすんだりしている表情なんて見たこともなかった。やさしい笑顔だった。愛情の波を感じた。 彼女といる時だけ、イヤなことを忘れて、ボクは純粋だった。いっしょにいるだけで
アルファさんはオレンジ色の水着を着ていた。 いったいどうしたんだろう。よく見れば、彼女の背後に屋外プールがあった。誰も泳いでいない冬の夜のプール。一月二十九日の未明。 どうなってるんだろう。ボクも濃紺の水着姿だった
一月最後の日曜日。快晴。 きょうの芦屋ビーチクラブでは、みんな白い大きなビニール袋と火バサミを手にして浜辺のゴミ拾い。もちろんボクもそれを手に、芦屋浜の東端から西端までウツムキながら歩いた。 何故かタバコの吸い殻が
こんな夜中に青空が広がっていた。月もなく星もなく、ところどころ綿雲が浮かんでいた。 一月二十八日午前二時。公園には人っ子ひとりいなかった。ボクとアルファさんはブランコに乗って遊んだ。ウキウキして、空に浮かんだ雲になっ
町なかの 密集する民家の屋根の間から 百メートルくらいある煙突が一本 突き出ていた 煙突の右側 西の虚空に 唇が浮かんでいた
今年の一月一日になって、アルファさんが我が家へやって来るようになったので、ボクの生活は再び輝きだした、愛するワイフを喪ったこの九年半の暗いスクリーンの上に。 きょうは初めてダイニングルームでアルファさんとコーヒーを飲
ボクは十五歳、中学三年生になって詩を書きだした。けれど昔から上から目線で書いている文章がキライだった。自分がエライと思って書いている文章なんて糞くらえ、そう思った。そんな文章を読む時間なんてどこにもなかった。社会人にな
時折ボクは阪神芦屋駅近くのカラオケスナックにぶらっと一人で立ち寄ることがある。夜十二時まで営業している。新型コロナという奇妙な感染症が流行して以来、客足はめっきり遠のいてしまった。一月二十五日、夜十時、ドアを開けると、
ボクは少年時代から転落する夢をよく見る。さまざまな場所から転落するのだが、よく見るのは月並みではあるが、こんな映像だった。 ひとつは、崖から落ちる夢。崖もいろいろあって、一例だけあげてみる。頂上は直径一メートルくらい
冬なのに桜が咲いていた。九年前に亡くなった妻、七年前に亡くなった愛犬ジャックといっしょに春になればいつもこの桜並木の遊歩道を歩いた。我が家の北数百メート先にあるキャナルパーク。ちなみに、ジャックは黒いラブラドールレトリ
夜だけと思っていた。アルファさんと会えるのは夜だけだと。 平日の午前中、ボクはいつも仕事に出ている。もう四十五年余り続けている仕事。ビジネスパートナーでもあった妻を喪ってからは午前十一時ごろ事務所を失礼する。バスに乗
朝八時過ぎ、小雨の中、芦屋浜へ出る。 浜には誰もいない。雨で芦屋ビーチクラブの活動も中止だろう。去年の七月に参加してから雨天中止は、私の記憶では、初めてだった。 私は毎日、雨が降っても、芦屋浜から総合公園の小道を歩
夜の六甲山を歩いた。もう夜中の十二時は過ぎているだろう。こんな夜更け、誰もいなかった。アルファさんと二人きりだった。 ボクは昔、もう四十年前後になるが、九年前に亡くなったワイフと息子たちと四人、日曜になればよく六甲山
昼間は、アルファさんと会えない。平日は仕事をしている。恋人や妻なんていないから、土曜日や休日は読書したりネットを見たり散歩したり、詩を書いたりして一人で遊んでいる。もちろん、いっぱいお酒を飲んで。 ずいぶん昔、祖母か
救いなんて、何もない。歳をとればとるほど、この悲しい事情がはっきりわかるはずだ。 一月十九日、未明。ベッドの上で、ボクはさらに考えた。この世には鬼がいても神はいかなかった。慈悲なんてどこにもなかった。 いや。そうじ
オメガちゃん、流れ星、見たことある? 今夜、二時ごろ、近くで落ちるの。スゴイよ。目の前よ、すぐ目の前で落ちるのよ。 我が家から歩いて十分足らず。夜の芦屋浜に二人で立っていた。百メートル先あたりの暗い海をアルファさんは
この世の大きな特徴は、限りある世界だった。愛しあっていても、一回限りで、必ず生き別れするか、それとも死別する世界だった。 でも、アルファさんは違った。いつまでも愛しあうことが出来るのだった。 アルファ
いちめんのお花畑だった。冬の寒い未明、我が家のそばにこんなお花畑があったのだろうか。不思議でならなかった。夢ではないかと思い、頬をつねったりしてみた。強くひねりすぎて、痛い! 叫んでしまった。 そのうえ、満天の星明か
いろんな音がする。ブザーが鳴ったり、スマホが歌ったり、わけもなく耳の中がミンミン蝉みたいに反響したり。そのたびベッドからガバッと身を起こす。何があったんだ! 音ばかり鳴る、変な夜だった。 けれど暗い部屋でひとりぼっ
今年になって第二回目の芦屋ビーチクラブの活動日。私は昨年に引き続き雑草を抜き、小石を拾って集積場に運んだ。 天気も良く、風もなく、気温が低い割には作業をしていると暖かく感じた。雑草を抜いていて、ふと顔を上げるとゴール
アルファさんの住んでる国へ、よし、一度旅行してみよう、ふいにボクは思いたった。空飛ぶベッドに乗って。 そんな願いを心に秘めて、眼を閉じた。無音のままで、スーッと持ち上がって、屋根がポッカリ開いた。飛び出した! 一瞬だ
未明に歌を歌っていた。 ハスキーでときどき音程も狂っていたけれど、ボクは魅入られて耳を傾けていた。どう言えばいいのか。夜が明けるまでこのままでいて欲しい、叶わない願いを込めて。 もっと狂っていいと思った。アルファさ
今年、初めての「芦屋芸術」を出版します。去年は、十六号・十七号・十八号を発行しました。最初の十六号の発行日は二〇二三年三月一日です。だから、十九号も三月一日を発行日にしました。 今号は寄稿者が一人増えて六人です。津田
浜辺に車で乗り入れた。ボクラは砂浜の先、海の水際まで歩いた。愛犬は喜んでずいぶん遠くまで駆けだした。泳ぎ出した。黒いラブラドールレトリバーだった。 辺りは白くキラキラ輝いて、たがいの姿も見えないくらいだった。光の中か