芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

壊れた柵を探し続ける男

 きょうは一日、老朽化した柵を探し歩いた。事が起きてからでは遅い。第一ホール第一打席のティーグラウンドの北側の柵がグラグラしていた。それを発見したため、彼はすべての柵を確認しなければならない、そんな信念を抱いて歩き続けたのだった。

 敗戦後まもなく開設されたこのゴルフ場は既に八十年近い歳月を経て現在に至っている。古いゴルフ場の多くは山を切り開いた山岳コースで、比較的コースが狭くてOBが出やすく、またアップダウンがあって十八ホールをプレーするのにそれなりの運動量を要求された。

 特に彼が回ったこのゴルフ場はあちらこちらに柵があり、その向こうは谷底の場合もあった。柵が腐ったりしているのに、気が付かずもたれたりしたら、そのプレイヤーは谷底へ転落して重傷事故になる可能性があった。たまたま彼が第一打席のティーグラウンドで見つけた老朽化した柵の向こうは十メートルくらいの急な坂だった。

 こんな危険な柵を見てしまった以上、この状況を改革しなければ彼の心は疚しくなって、夜の時間をゆっくり過ごすことも出来なかっただろう。

 膨大な個所だった。ここのゴルフ場は四コース七十二ホールあった。そのすべての柵を探索しているのは彼一人だった。大半の人はこう言った。プレイヤーが注意すれば事故なんて起きないよ。当たり前じゃないか、こんなの自己責任だよ。だって柵は危険な場所に立っているので、そんなところへ飛んだボールなんて見つかりっこないじゃないか。まして古ぼけた柵にもたれる馬鹿な奴なんているはずがない。結局、元の場所に帰って打ち直しになるのが落ちじゃないか。よしんばボールが見つかって、つい柵にもたれて転落しても、ケガをしたって保険も出るしさあ。だからさあ。オイ。止めろ、そんな無駄な改革は。

 彼は完全に孤立していた。さらに悪いことに、不良な個所を発見しても修理する道具も材料も彼は持ち合わせていなかった。理由は二つあった。一つは、既に中年をかなり過ぎている彼の体力では道具や材料を 持ってこのアップダウンが激しいゴルフ場を歩き回るのはほとんど不可能だった。さらにもう一つの理由は致命傷だと言っていい。こんなにたくさんあちらこちらで発見される不良な柵を修理するための道具や材料を買う余分なお金を彼は持ち合わせてはいなかった。こうした限界状況の中で彼に出来ることといえば、危険な場所を発見し報告し、その改良を申し出、誠心誠意お願いすることだけであった。そこから先は、金と権力を持っている彼等にまかせる以外にはなかった。彼等は真摯に検討する、そう答えた。

 きょうも彼は老朽化して腐った柵を探し続けた。