芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

エレンブルグの「雪どけ」

 私がこの作家の作品を読んでみようと思ったのは、一ヶ月ほど前だったか、昔読んだアンドレ・ブルトンの「ナジャ」(稲田三吉訳、現代思潮社、1964年3月30日第3版)を再読したからだった。この本の巻末にはブルトンの年譜が付い

ピリニャークの「機械と狼」

 この作品は、一九一七年のロシア革命後、一九二二年辺りまでのモスクワに近いコロームナ周辺を中心にさまざまな人々が織りなすさまざまなエピソードを一個の運動体として展開し、一九二四年のレーニンの死がやって来る最中に終焉する。

頭髪

頭が 極限の中で 騒いでいる 脳の中に 頭髪が生えていた いっぱい もじゃもじゃ騒ぎ出した!  

湿気た赤いミニバラが、散り急ぐ

 私事になるが、きのうは私の誕生日、きょうは亡妻の月命日なので、仕事を休み、ひとりだけの時間を作った。  五月に入って、わが家のウッドデッキ東側に今年もまた亡妻の遺した赤いミニバラがいっぱい咲いている。  しかし、例年に

ベールイの「ペテルブルグ」

 私がこの本に手を出した理由は、はなはだ単純なものだった。過日、私はトロツキーの「文学と革命」第Ⅰ部を読んだ時、彼がさまざまな作家を批判しているのを目にした。元来、私は他人を批判している人の意見だけではなく、批判されてい

トロツキーの「文学と革命」第Ⅰ部を読んだ。

 私は不勉強な人間なので、わずかな読書量・経験量で考えているだけなのだが、所謂「トロツキスト」という奇妙なレッテルが私の若い頃、一九六〇年代から七〇年前後にかけてちょっとしたハヤリ言葉だった。というよりその頃まだ主流だっ

「連作えっちゃん」を改稿した。

 「芦屋芸術10号」から13号にわたって「連作えっちゃん」を書き続け、完結した。  この連休は四月三十日の仕事を休み、「連作えっちゃん」を一冊の本にするため、自宅で二十八日の午後から三十日まで作品を読み直し改稿した。ただ

アンドレ・ブルトンの「ナジャ」再読

 ずいぶん昔に読んだ本を、あらためて読み通してみたが、やはり、昔と変わらず、無知無学の私にはよくわからなかった。ただ、この本の著者がトロツキーに会ったのはアメリカに亡命した時ではなく、巻末の年譜によれば、一九三八年にメキ

ボクの隣にヘビがいた

 いまから六十年以上昔、関西の近郊都市にはあちらこちらに荒地があって、雑草に覆われ、雑木林が連なっていた。トカゲやヘビばかりか、さまざまな昆虫や鳥が人間の周りにたくさん住んでいた。両親とも仕事で家をあけていたから、幼年期

ブルトンの「シュルレアリスム宣言/溶ける魚」再々読

 若い頃にこの本を図書館で借りて読んだ記憶があるが、今、思い出そうとしても、うすボンヤリして記憶に霞がかかっている。それから二十年余りたって、年齢でいえば四十三歳の時だが、おそらく梅田の旭屋か紀伊國屋だったろう、文庫本に

「致死量」の周辺にて

 私はこの二、三日の間、かつてかかわった、もう三十年くらい昔の話だが、「KAIGA」という詩誌を再読・熟読した。かかわったといっても、ほんの一年くらい、それは一九九一年のお話だった。概略は、この間「芦屋芸術」のブログに書

「KAIGA」46号を再読する。

 正確に言えば、私はこの詩誌が出た頃、四十二歳だった。この年齢帯前後で、私は金高義朗と深く付き合っていたのだった。いずれにしても、一切は消えてゆく。私が「神」より愛した女「えっちゃん」もとうに消えてしまった。死後に、せめ

「KAIGA」45号を再読する。

 私は金高義朗とよく飲み歩いたりした記憶があるが、最初にどこで出会ったのか、闇に沈んでいる。ただ、この詩誌にこう書いてあるのを三十年の歳月を経て、あらためて読んだ。    「九一年の初春、とある例会で、彗星の如

「KAIGA」44号を再読する。

 わずか一年余りだったか、それでも四十歳くらいだった私が極めて深く交遊した忘れがたい詩人、金高義朗という男のことだが、その頃、彼はいったいどんな詩を書いていたのか、何故か強く心の底からうながされて、もう一度私の眼前に再現

詩は、―金高義朗に捧げる

詩は、他人と競争するものじゃない 言葉の品評会ではない   詩は、グループでなかよく書くものじゃない 言葉のなかよしクラブではない   詩は、ひとりで書くものである いや それも違う 詩は、向こうから

寄稿文芸誌「KAIGA」を読む。

 原口健次さんが送ってくれた詩誌を三冊読んだ。    寄稿文芸誌「KAIGA」114号 2020年7月31日発行  寄稿文芸誌「KAIGA」115号 2020年11月30日発行  寄稿文芸誌「KAIGA」116

「草束」39号を読む。

 山中従子さんから詩誌がやって来た。    「草束 39号」 発行者 岸和田市図書館友の会 詩の教室:編集責任者 ごとう早苗 2021年4月5日発行    この詩誌は、十五人の詩人の作品、十三人の同人

「芦屋芸術十三号」が出来ました!

 「芦屋芸術十三号」が出来ました。三篇の作品で構成されています。     えっちゃんへの手紙   灰燼抄   詩画集 黒夢綺語    「えっちゃんへの手紙」で「連作えっちゃん」(仮題)全四作が完成しま

「風のたより22号」を読む。

 伊川龍郎氏から雑誌が送られて来た。    「風のたより22号」 発行所 風のポスト 2021年3月    六人の人がさまざまな文章を書いていた。上原昭則は故郷の沖縄から高知の短期大学で苦学したときの

詩誌「リヴィエール「175号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール175号」 発行所 横田英子 2021年3月15日発行    今号は、十六人の詩人の作品十八篇、谷本州子詩集「空を歩む」特集では、2020

ジョージ・オー-ウェルの「一九八四年」再読

 もうずいぶん昔のことだった。西宮図書館で借りた一冊の本の中に、近未来小説の傑作、ハクスリーの「すばらしい新世界」と、この作品が入っていた。もう五十年近くなるのではないだろうか。その作品をもう一度読みたくなって、新訳の文

オーウェルの「動物農場」再読

 この本はおそらく一九六〇年代の日本においてそれなりに読まれたのではないだろうか? 従来のソヴィエト系の革命思想ではなく、反スターリン系の革命思想を愛好する人々は往々にしてこの著者の「カタロニア讃歌」から入って、この本や

トロツキーの「裏切られた革命」

 この本の著者は、私のような自営業者は小ブルジョア個人主義者だ、そう規定している。まさにその通りだと思う。私は徹底した小ブルジョア個人主義者に間違いはない。  この本の著者は言う、    「既存事実を崇拝するも

あなたは南に浮かんでいる

わたくしは まいにち 空を見つめている あの人が 北の部屋から 深夜 運び出されて 焼却炉の煙突から 煙になって 浮かんだ 西空を ついに 愛しあえなかった あなたの煙も また その左 南に浮かんでいる

ツェランの「迫る光」、記憶の否定の不可能性について。

 私の記憶は狂っているのだろうか? というのも、私はこの本はかつて買ったことがない、そう記憶してるのだった。だが、恐ろしいことだが、数日前、本棚の片隅にこの本が立っていた。    「迫る光」 パウル・ツェラン著

「芦屋芸術十三号」を出版します!

 すべての原稿を書き終えました。以下の三篇です。    「えっちゃんへの手紙」  「灰燼抄」  「詩画集 黒夢綺語」    発行日は四月十九日です。この号に発表する「えっちゃんへの手紙」で「連作えっち

「灰燼抄」を改稿しました!

 ちょうど四十六年前、私が二十五歳の時に書いた作品を改稿した。    「灰燼抄」 山下徹作 発行者 山下悦子 一九七五年三月発行 ガリ版20部                      二〇二一年三月一日改稿

「リヴィエール174号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が届いた。十六人の詩人が書いた作品、七人の詩人の七篇のエッセイが収録されていた。    「リヴィエール174号」 発行所 横田英子 2021年1月15日発行    同人誌を読ん

「座」68号を読む。

 津田文子さんから詩誌が送られてきた。    「座」第68号 発行 座の会 2021年2月1日発行    おそらく、長い歳月にわたって詩を書き続けてきた人たちの詩誌であろう。平易な表現でありながら、成

「芦屋芸術十二号」が出来ました!

 「芦屋芸術十二号」が出来ました。収録作品は以下の通りです。     「えっちゃんの夏」   「月首」   「月光と白薔薇と」   「暗中を模索する その2」    今回もすべて私が書きました。定価千

「えっちゃんへの手紙」の最終稿が完成しました!

 きょう、いま、「えっちゃんへの手紙」の最終稿が完成しました。それ程長い文章ではないが、トテモ苦しみました。何故苦しんだか、読んでいただければ、きっとわかってもらえる、そう思っています。そして、やっとこれで、「連作えっち

午前三時

夢に よく出る 家 ジャックと散歩して 夕暮れて もう明かりのともった その家に また 帰っていた あの人が待っているようだった 先にジャックがはいり ボクもあがろうとすると すべてが消えていた 午前三時 この世では出会

トロツキーの「一九〇五年革命・結果と展望」

 私は世界の現在の状況は不勉強で知らない。ただ、島国の日本に住んでいるため、いくら不勉強であっても、この国に住まいを構えている大多数が現在の資本主義体制の中で生活するのを望んでいるだろう。現状を維持ないし改良する政治を望

トロツキーの「永続革命論」

 先日、トロツキーの「スペイン革命と人民戦線」を読んでいて、スペイン共産党はスターリンが主導する第三インターナショナルの人民戦線の戦略、まずブルジョア革命を達成してから社会主義革命を目指す所謂「二段階論」を採用してスペイ

ザミャーチンの「われら」

 一八八四年にロシアのレベジャーニに生まれたこの作家はボリシェヴィキの革命運動に参加し逮捕された経験を持っている。ツァーリの専制政府打倒の道を歩んでおり、一九一七年のロシア革命後のレーニンを中心としたプロレタリア独裁国家

「芦屋芸術」十二号を出版します!

 「芦屋芸術」12号を今年の三月一日に出版します。収録作品は以下の通りです。     「えっちゃんの夏」   「月首」   「月光と白薔薇と」   「暗中を模索する その2」    「えっちゃんの夏」

トロツキーの「スペイン革命と人民戦線」

 ジョージ・オーウェルは「カタロニア讃歌」の中で、スペイン内戦の際、たまたまポウム(POUM=統一マルキスト労働党)に所属する義勇軍に参加した、そう述べている。また、ポウムの指導者アンドレス・ニンはかつてトロツキーの秘書

ジョージ・オーウェルの「カタロニア讃歌」

 縁というものは不思議なものである。  スペイン人のホルヘ・センプルンの「ブーヘンヴァルトの日曜日」を読んでいて、ペルー人のセサル・バジェホという詩人を初めて知り、先日「セサル・バジェホ全詩集」を読んだ。その中に、詩人の

「えっちゃんの夏」が、出来ました!

 きょう、午前三時前に目覚め、いま、午前五時半頃、「えっちゃんの夏」が出来ました!  この作品の初稿は、私の妻「えっちゃん」が二〇一四年七月十九日の明け方にこの世を去って、十日余りの後、不意にえっちゃんの最後の時間、その

ことしは、これでおしまい!

 まだ平日の午前中は事務所に出て仕事をしているし、朝食と昼食は余程のことがない限り自分で作ってわが家で食べている。夕食はほとんど近所のサイゼリア。去年と変わらない。  今年変わったことはただひとつ、初めて「芦屋芸術」を私