芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

トロツキーの「一九〇五年革命・結果と展望」

 私は世界の現在の状況は不勉強で知らない。ただ、島国の日本に住んでいるため、いくら不勉強であっても、この国に住まいを構えている大多数が現在の資本主義体制の中で生活するのを望んでいるだろう。現状を維持ないし改良する政治を望んでいるに違いない。何の根拠もないが、私はそんな「感じ」を抱いて毎日暮らしている。従って、今時、こんな本をひもとく日本在住者はごくごく少数派に属する、そう思いながら私はこの本を開いた。

 

 「一九〇五年革命・結果と展望」 トロツキー著 対馬忠行、榊原彰治共訳 現代思潮社 1969年1月31日第3刷

 

 私の世代、所謂「団塊の世代」の人なら、アアこの本はソヴィエト連邦のスターリン主義を批判、日本共産党と対立して組織された、一般には「新左翼」と呼ばれる人々が熟読した本だな、まずそんな感慨を抱くだろう。この本の著者は、周知の通り、スターリンが主導する第三インターナショナルを否定して第四インターナショナルを結成、一九四〇年にスターリンの刺客によって暗殺された。権力闘争においては、最後の解決は敵対する指導者の絶対否定だろう。そういえば、暗殺を指示したのはソヴィエト連邦ではないが、アメリカ合衆国のケネディー、ボリビアのゲバラ、イラクのフセイン、リビアのカダフィ……指を折って数えていけば、そんな指導者がつぎつぎ頭に浮かんでくる。

 横道にそれてしまった。それはともかく、私がこの本を開いたのは、過日同じ著者が一九三〇年に発表した「永続革命論」を読んだ折、この論文の中に一九〇五年のロシア革命直後、一九〇六年に発表された「結果と展望」にしばしば言及されているため、中途半端なくせに中途半端をヨシとしない私としては当然この本を開いたわけであった。

 この本の内容に関しては、巻末に訳者対馬忠行が書いた渾身の解説と併せて本書を直接読んでいただくことにしたい。私のようなヘボ解説など不要の産物であろう。

 ただ一言。あてずっぽうな発言かも知れない。しかし、二十一世紀の前半、まだ始まったばかりだが、この調子でいくと二〇五〇年くらいまでは、中国の社会主義体制と欧米が主体として形成してきた資本主義体制の熾烈な争いが展開されるのではないだろうか。ひょっとしたら、戦前は植民地であったが、社会主義化した発展途上国によって資本主義国が包囲される可能性もあるのではないか。ゲバラやカダフィを暗殺した程度で収まる話ではない。中国は世界最大の人口を誇る国家であり、生産力も日本を抜いて米国に次ぐ世界第二位、科学に関して言えば、例えば特許申請も世界のトップに立ち、かつてのソヴィエト連邦以上の国力を備えつつあり、かつ、世界最古の文化から出発して幾多の変遷の中で現在に至っている。そのうえ、誰もが知っているが、アヘン戦争に象徴される通り先進資本主義国によって七十年余り前まではボロボロに破壊された国家でもあった。

 私は思うに、一時スターリンの誤った指導によって壊滅状態になった中国共産党に属する毛沢東は、当然トロツキーにも学んでいるのではないか。トロツキーのあの「永続革命論」の中心思想「世界革命」を尊重しているのではないか。私の推論に過ぎないかも知れない。しかし、読者よ、トロツキーを甘く見るな。

 トロツキーは一九〇五年のロシア革命を総括する中でこんなことを言っている。

 

「工場制工業の組織は、プロレタリアートを最前線に押し出すばかりではなく、ブルジョア民主主義の基盤を足下から切り捨てる」(本書37頁)

「マルクスの歴史的=相対的な意見を超歴史的原理に変えようとする試みの背後に、いかに救いがたい形式主義が隠されているか」(64頁)

 

 この本は、トロツキーが二十六歳の時に書いた論文だが、既に彼の思想の根底がはっきりと表現されている。彼はマルクス主義の一般論ではなく、極めて緻密な現状分析から革命を実践する。恐ろしい男だ。だが、避けて通るわけにはいかないし、また、その必要もあるまい。