芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ザミャーチンの「われら」

 一八八四年にロシアのレベジャーニに生まれたこの作家はボリシェヴィキの革命運動に参加し逮捕された経験を持っている。ツァーリの専制政府打倒の道を歩んでおり、一九一七年のロシア革命後のレーニンを中心としたプロレタリア独裁国家建設中、文学運動の中心を担い、一九二〇年から二一年にかけてこの作品を書いた。

 

 「かれら」 ザミャーチン著 川端香男里訳 岩波文庫 1992年1月16日第1刷

 

 ディストピアの代表作の一つだが、この作品が書かれたのはロシア革命後のレーニン=トロツキー体制の時代だったことは注意しなければならない。レーニンの主導する社会がこの本の作者の自由を希求する目には、党が主体であって民衆は客体として物体化する未来を直覚したのだろう。そうした状況の中で、おそらくその当時の西洋の資本主義国で表現されていた空想科学小説や前衛芸術、とりわけ表現主義などを熟知する作者は、自由を絶対否定する、この絶望的なブラックユーモアの世界を構築したのだろう。図形化された表情を持つ人々がガラス製の透きとおった都市で常に絶対者の「恩人」から監視されている未来の一時期の物語の中で勃発する都市生活者の反乱とその終焉を描いている。ほとんど狂気と精神錯乱を言語化する未来世界だった。

 この作品を読むと、既にレーニン=トロツキー体制時代に将来のスターリン体制の萌芽があったのではないか、そう思料される。私には、一九一八年にローザ・ルクセンブルクが獄中で書いた「ロシア革命論」と共に、もっとも早い時期に書かれたレーニン批判の書に見えた。また、将来のスターリン体制やナチスドイツの独裁国家、巨大化した国家独占資本主義体制の批判にも繋がる眼差しが鮮明に確認されるのではないか。恐ろしい芸術作品だった。