芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「KAIGA」46号を再読する。

 正確に言えば、私はこの詩誌が出た頃、四十二歳だった。この年齢帯前後で、私は金高義朗と深く付き合っていたのだった。いずれにしても、一切は消えてゆく。私が「神」より愛した女「えっちゃん」もとうに消えてしまった。死後に、せめて言葉くらいは反響するのだろうか、ある種の音波として、かすかに、しめやかに、暗夜の水面で小さな円状に揺らぐさざ波のように、たがいにひっそり無言の言葉を送りながら、宇宙のあの知られざるブラックホールの片隅で。

 

 「KAIGA」46号 編集人 金高義朗/発行人 原口健次/発行所 グループ絵画 1991年12月31日発行

 

 この詩誌は、金高義朗の巻頭詩「ひとは死に逝く」から始まる。次に「論文」の部として山下徹の「零と零の間― 一労働者の思索」、「作品」の部では山下徹、金高義朗、福辻淳、平川恒、原口健次、下沢白虹、勝賀強、理久創司、以上八名の作品、「評論」の部では金高義朗の「平川恒論―歪んだ影の描写」、「批評」の部では金高義朗の受贈詩集・詩誌の批評、それに「作品合評」、これだけの言葉がいつものように大きなA4版の詩誌に掲載されている。この頃、金高の言葉への情熱は異常な燃焼力を持続し、レーザー光線になって疾駆していた。彼の巻頭詩を読んでみよう。

 

 ひとは死に逝く

 

したたかな企てのように

星が塩を降らせる夜

おれたちは

疾風のように歳月のフィルムを巻く

神の計画がまたひとつ漏れる

肉体への礼節のように

苔くさい雨に骨を打たれながら

ひとは死に逝く

 

 この金高の詩に対して、こんな「作品合評」がなされた。

 

金高 人間は、死ぬということを、ほんとうには知らないんじゃないだろうかと、つくづく想うことがある。パスカルやキェルケゴールを待つまでもなく、人間は、死ぬということを知っていることこそ、二本足で歩くこと以上に、他の動植物よりも優れていることなのにね。

山下 キェルケゴールは、ずっとそのことがあるからね。

原口 でも、死を知ったところで、どうなるもんじゃないでしょう。

金高 「こいつ、自分が死ぬということを知らないんじゃないか」と思う

ことが、他者と接していてよくあるんだけれど。

平川 ありますね。(本誌39頁)

 

 この詩誌では、こんな作品合評が交わされていた。こんな傾向の人間が時折誘い合わせて、阿倍野の喫茶店の暗い片隅で、奇妙な言葉を刻んでいた。

 この号に収められた金高義朗のもう一篇の詩をご紹介する。

 

 信仰

 

淫行のまえに

しめやかに紐解く『性書』

 

 ―十戒(私の信仰のために)

陰部の外何ものも性器とするなかれ

汝自らの為に性像を作って拝み悶えるなかれ

汝の性器の名をみだりに唱えるなかれ

性技を覚えてこれを用いよ

汝の父母の名器を敬え

一物を慰める汝

けれど汝獣姦もまたよし(ただし聖なる小羊に限る)

汝漏らすなかれ

汝隣人に対して偽りの性行為をするなかれ

汝隣人の性態を貪るなかれ

 

性なる夜

神の隠し子イエスは

女たちの美しい肉体に魅せられ

下界に降りてきた そして彼は

女に恵まれない十二人の男たちを集め

「四千の女と夜」という福音を述べ伝えた

 

 一つの快楽が生まれるためには

 われわれは交わらなくてはならない

 多くの女と交わらなくてはならない

 多くの愛する女と交わり、

 孕まし、堕胎さすのだ

 

 見よ、

 四千の女と夜の子宮から

 一人の処女のふるえる膜がほしいばかりに

 四千の男の陰茎で四千の女の陰唇に

 われわれは射精した

 

ある日 イエスは捕らえられ

男根をひきちぎられたうえ

磔刑に処せられた

おとめを犯しては

その女を再び処女にし

また犯すというイエスの奇蹟に

性職者たちが興奮したからである

 

しかし 三日後

イエスのペニスは復活した!

おお 彼こそ救性主!

神と人の和姦!

死と性の乱交!

 

全世界の教会にそびえ立つ

イエスの血で復活した十字架が

いっせいに勃起する(本誌17~19頁)

 

 これが金高の「信仰」という詩だった。彼は聖書にかなり精通していたし、それなりに好みの神学者や哲学者の本などを読み漁っていたが、追究すればするほど、彼は破壊され、火だるまになって、無宗教へ転落した。この詩は、ある意味で、金高の嗜虐的な、余りに嗜虐的な悲鳴に近い無宗教宣言だといっていい。そうだ、彼の神は死んだ、そう言って大過あるまい。この詩に関する「作品合評」も以下に掲げて、私の無粋な筆を擱く。

 

金高 これはパロディー作品で、勝賀君に捧げる詩です。

勝賀 金高さんは、「聖書」に詳しいから……

山下 おもしろいと思うよ、これは。(本誌39頁)