芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ボクの隣にヘビがいた

 いまから六十年以上昔、関西の近郊都市にはあちらこちらに荒地があって、雑草に覆われ、雑木林が連なっていた。トカゲやヘビばかりか、さまざまな昆虫や鳥が人間の周りにたくさん住んでいた。両親とも仕事で家をあけていたから、幼年期から少年時代、ボクは昆虫やトカゲや鳥に囲まれて、彼等と他愛ないおしゃべりをしながら、ひとり遊びをして過ごした。

 こんなことがあった。

 いらなくなった流し台が庭の小さな池の片隅に放置されていた。ボクはその中に土で山や谷を作り、雑草の森を植えた。ビニールで覆い、表面を錐でブスブス穴を開け、十匹余りのトカゲを飼った。エサには蝿をあたえた。

 二、三日してハチュウ類の大嫌いな母に見つかった。

「とんちゃん! お母さんが一番嫌いなことは、今すぐ止めて!」

 ボクは全身が鉄棒のようにキーンと硬直するのを覚えた。蝿を収集したビンを手にしたまま、直立不動の姿勢で、じっと母の顔を見上げていた。

 我が家の裏に流れる川の土手で、ビニール袋を開けた。ボクはトカゲと別れた。

 また、こんなこともあった。

 近所のおじさんがシマヘビの尻尾をつかんでブンブン振り回し、地面に頭を叩きつけていた。まだ小学校低学年だったボクは大人の狂気をまのあたりにして立ちすくんでしまった。彼が立ち去ったあと、ぐったりしたヘビのそばにボクは駆け寄って、上からのぞいて、

「まだ生きている?」

 以前、池の水面を飛ぶように泳いでいるヘビを思い出し、

「そうだ! 池に入れると生き返る!」

 ヘビの首を持ち、じっと彼の顔を見つめて、近くの池に向かって必死になって駆け出した。ヘビさんヘビさん、何度も背中をなでて励ましながら、そっと水辺に寝かした。けれど彼が生き返るかどうか恐くて確かめる勇気もなく、後ずさりして背中を向け、その場から一目散に逃げ出そうとした。あかん、可哀想や! そんな声が聞こえて思い切って振り返ると、午後の光に煌めく池の面をヘビは向こう岸へ飛ぶように泳いでいた……。