記憶をたどれば、おそらく、私がこの本を手にしたのは二十代後半だったろう。あれからもう五十年くらい経ってしまった。 「O嬢の物語」 ポーリーヌ・レア―ジュ作 澁澤龍彦訳 角川文庫 昭和51年4月20日12
ポーリーヌ・レア―ジュの「O嬢の物語」再読
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記憶をたどれば、おそらく、私がこの本を手にしたのは二十代後半だったろう。あれからもう五十年くらい経ってしまった。 「O嬢の物語」 ポーリーヌ・レア―ジュ作 澁澤龍彦訳 角川文庫 昭和51年4月20日12
くちばしを逃れて 生きてきた 紅色の けれど なぜいとしいのだろう どうして こんなにもいとしいのだろう 地の果てまで 逃れるほどに 紅色の
今週の夜は、飲み歩くことが多かった。火曜日と水曜日は帰宅したのが午前零時を過ぎていた。そして、きのう、金曜日の夜は、けさ、三時過ぎに帰宅した。 十一時を過ぎて、立ち上がろうとしたこともあったが、そのたび、なじみの客が
夜が 怖い あたりには くちびる 泳いでいる いっぱい 背中には 歩いている 足 足 足 そして音 でも まだ わたくしは愛しています その指
先田督弘さんから詩誌が送られてきた。 「布」四二号 2025年9月20日発行 今号は四人の詩人が五篇の詩を発表している。また、<ひとこと>の欄ではそれぞれの詩人の近況や思いなどが語られて
午前零時を過ぎていた。深夜のスナック。狭いコの字型に曲がったソファー。小さなテーブルを囲んで、三人の男女がおしゃべりに夢中になっている。しばしMだけ沈黙して、唇にグラスを傾けた。あとの二人の男女は酔眼でよろめきつつたが
この本を読んだのは三十歳前後の頃だろう。過日、マゾッホの「毛皮を着たビーナス」を再読したので、この作品ももう一度読んでおこう、そう思った次第だった。 「イマージュ」 ジャン・ド・ベルグ著 行方未知訳 角
確かに秋めいてきた。といって、もう九月の終わりに近づいたのだけれど。 きょうも、日曜日の朝は芦屋浜の雑草を抜いていた。バカの一つ覚えだろうか。もちろん雑草だけではなく、その周辺に散らばったタバコの吸いガラ、捨てられた
きょう未明、二時過ぎに帰宅。昨夜もスナックで、さまざまな物語が酔客の口もとから流れ出た。男と女と。さまざま。統一理論や統一見解は崩壊した。彼、彼女の常識に毛が生えたような表側の話ではなく、裏側だった。個別の、アナーキー
この著者の作品は、「残酷な女たち」という中短編集を読みその読書感想文を去年の9月5日の芦屋芸術のブログに投稿している。興味のある方は参考にして欲しい。 「毛皮を着たビーナス」 ザッヘル・マゾッホ著 種村
誰もいない庭が 頭の中に浮かんでいる 物音もなく 移動していく ひっそり 頭の東から 西へ 庭は消えていた やがて 暗い泡に満たされて いっぱい 静かな泡に
この著者の長編幻想小説「死者の誘い」は今年の五月に芦屋芸術のブログに紹介している。このたび、同じ著者のこんな長編作品を読んだ。 「ムルガーのはるかな旅」 ウォルター・デ・ラ・メア著 脇明子訳 ハヤカワ文
まだら模様が、彼の眼前で、次第に形を成してきた。不思議なこともあるもんだ。全体がつぶつぶのシズクで覆われていたまだら模様の画面に、ひとつの形が、顔だ、顔、間違いない、あの人の顔が。 まだ生きているのかもしれない。なぜ
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「リヴィエール202」 発行所/正岡洋夫 2025年9月15日発行 この詩誌は、十四人の執筆者が十五篇の詩作品、そのうち六人の方が六篇のエッセイ、
やはり日曜日の朝は雑草を抜いていた。いつも作業中、余計なことばかり頭に思い浮かべてしまうが、きょうはほとんど無心に雑草を抜き続けた。 あえて「ほとんど」と断っておいたが、というのも、雑草を抜きながら、私は「雑草」とい
きょうは午前零時過ぎに帰宅した。最近少し寝不足なので早く帰ることにした。それにしても昨夜、二軒目のスナックは見事だった。二人連れの女客と五人連れの女客が意気投合して、最後は大合唱。男客一人の私は呆然としてソファーに座っ
虫がいるのかもしれない。いや、そうに違いない。朝起きると腋の下や腰回りなどで、カユイ。カユクてタマラナイ。最近、そんな朝が、シバシバ。しばらく、腕組み。これでは、ダメ。オレの将来は暗い。Mはそう結論付けた。早めの対策が
芦屋芸術24号の編集・校正が出来ました。発行日は今年の11月1日です。本日、原稿をいつもお願いしているコーシン出版に送ります。内容は以下の通り。ご期待ください。尚、芦屋芸術の今年の出版はこれでオシマイ。芦屋芸術25号は
秋になれば 乱れ落ちている 生命の枯葉が あちら こちら 先生 汚泥の中に落ちて もがき苦しんで暮らしてるって そんな生物 いるって ほんとですか いい質問だね そんな生物は 結局 汚泥が好き
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「現代詩神戸」290号 編集/今猿人・神仙寺妙・永井ますみ 2025年9月10日発行 今号は十八人の執筆者が二十一篇の詩作品、詩集評一篇、エッセイ
解がいくつもある場合があることを わたしは知らないわけではなかった むしろ 生活では各自それぞれ ほとんど無数の解があるのかもしれなかった 君の言う通りだ 確かにそうだろう だが それじゃあ こいつはトテモ不可解ではな
きょうは日曜日。朝八時からいつも通り、芦屋浜の清掃作業へ。 少年たちから大人まで、浜の周辺は賑わっている。駐車場には、芦屋市消防本部から消防救援隊の車両が一台待機している。いったい何が。 潮芦屋アクアスロン大会が本
昨夜、いつものようにスナックで遊んだが、二軒目で飲んでいると、以前ここでご一緒した女性が遊びに来た。再会。二人でおしゃべりをしたり、カラオケを楽しんでみたり。とにかく彼女の歌はプロ級で、若い時に芸能界に入っていたら、そ
力津耀子さんから詩集が送られてきた。 「記憶のジグソーパズル」 力津耀子著 発行所/さいけい舎 2025年8月15日発行 まず発行日を見てもらいたい。終戦記念日である。初めて出版する詩集
おそらく夢を見ていたのだろうか。だったら、どうして、こんなにも体が濡れているのだろう。頭髪から足の爪先までびっしょり。ぬるりん。肩や腰からいっぱいシズク垂らして。 魚は二十三匹いた。そんなに大きな魚ではなかった。全長
直樹一雄さんから文芸誌が送られてきた。 「ブーゲンビリア」第2章第4号 発行者/直樹一雄 2025年9月1日発行 五人の執筆者が十篇の詩、五篇のエッセイ、そして小詩集と小説を発表している
帰って来ないことは わかっていた 君にそんなお説教をされるために ボクはこのお話を語りかけたんじゃあない わかってくれ もう 絶対 帰って来ないって とても悲しいじゃないか 悲しすぎて 涙も出ないじゃないか
伊川達郎さんから文芸誌が送られてきた。 「風のたより」31号 発行所/風のポスト 2025年9月3日発行 今回は、三人の執筆者が、それぞれ詩、連載中の評論、それからエッセイを発表してい
きょうも芦屋浜の雑草を抜いていた。日曜日の朝、恒例の芦屋ビーチクラブの活動日。 雑草を抜いていると、仲間の女性から声をかけられた。彼女はいつもマメシバを連れて芦屋浜のゴミ拾いをしている。そのワンちゃんが私の体にすり寄
猛暑が続いていたが、今朝は少しだけ秋めいていた。少しだけ秋めいて、そんな表現をしたというのも、暑いには暑いが、時折、秋をしのばせるヒヤリとした風が吹きすぎていく。きのうの夜明け頃まで台風十五号の影響で雨が降っていたが、
後藤光治さんから詩誌が送られてきた。 後藤光治個人詩誌「アビラ」23号 編集発行/後藤光治 2025年9月1日発行 今号の「アビラ」はこういう構成をとっている。 まず巻頭に「ロラン語
あなたを喪ってから 昼は消えていた しかしそれは夜ではなかった より正確に言えば 未明に出てくるものだった
樹木に覆われているのだろうか。樹木のトンネルだろうか。そんな馬鹿な。待てよ。だったら、それとも、レンガとか、コンクリートだとか……外面を墨で固めたのだろうか、黒く細長い穴がずっと続いているが、いったい何で出来ているのか
振り返ってみれば 私は ずっと 夜を探りながら 生きてきた 夜という心を
喜びだけではない 悲しみが 生きる原動力になることがある 信じて欲しい
Mの頭はビヤホールのように大きくはない。けれど今夜も彼の頭の中におおぜいの人が寄り集まってきた。パーティーでも始まるのか。 いったいどうしたというのだろう。Mはゴルフクラブを手にしていた。十一年ぶり。彼はずっとゴルフ
昨夜は金曜日。恒例となった夜の散策。いつも回るスナック二軒。午前零時過ぎ帰宅。 夜の旅。また変わったことがあった。二軒目のスナックのカウンター、私の右隣に座った男。四十過ぎ。これから芦屋で新しい商売を始めるとのこと。
その時は 思いもしなかった 二十年前 あなたが鉢植えから育てた 今 庭に咲く 紅 紫 白 三本の百日紅 *写真は、二十年前に亡妻が鉢植えから育てた三本の百日紅。白い花の百日紅がもっとも大きくなって、次に紫、
未明 まぶたを閉じて ベッドに横たわっていた 無数の 小さなガラス玉が 浮かんでいる 赤 緑 紫 ミルク 透明しずく さまざまな色彩で 光り 輝き 流動している
さびれた街だった。人気がなかった。もしかして集団疎開でもしたのだろうか。戦争の噂なんて聞いた覚えもないが。それにしても、目も当てられなかった。すべての風景がほとんど砂に近い状態だった。三日後には崩れ去ってしまうのではな
苦労したことは ぜんぶ 忘れてしまった 愛だけが残った 結局 いや 苦労も愛だった そうじゃないか
穴があいてしまった うめようとした けんめいに この十一年間 それが歳月だった
きょうは、言うまでもなく、日曜日。私にとって、朝八時から九時まで、芦屋浜でゴミ拾いをする日だった。 やはり雑草抜きが中心で、その周辺に落ちているゴミも拾って。 ボランティアって、もちろん、基本的には、無償の行為。当
最近、金曜日の夜の恒例儀式になってしまった。だから昨夜も行きつけのスナック二軒を回った。帰宅したのは午前零時を回っていた。 一軒目では、カウンターの右隣に六十代の女性がいて、夫と死別して十年になるという。私は妻と別れ
今夜は 何も浮かばない ただ 頭の 水面に 小さな虫が いっぱい
無数の線と 無数の線が きゅっ きゅっ 交わって 無数の絡みあいを演じている 時折 ひくひく ぴくぴく そんな音がしている いつしか溶けてしまった ひとつになった 二大無数線交接
約束した、確かに約束した。彼女ともう一度暮らせるなら、何もかも投げ捨ててもいい、と。 翌朝、目覚めたら、Mはリカといっしょだった、橋の下で。添い寝して。願いがかなった。ずっといっしょだった。すべてを失っ
こんな長編小説を読んだ。 「競売ナンバー49の叫び」 トマス・ピンチョン著 志村正雄訳 サンリオ文庫 1985年10月15日発行 この作品は、通称ムーチョという男の妻エディパ・マース夫人
八月十二日から 八月十七日まで 我が家の庭で いつも同じ蝶 キアゲハが遊んでいた 庭掃除している わたしのことを 少しも こわがらず 肩からほほへ ヒラヒラしていた たわむれていた
きょうは日曜日。朝、芦屋浜へ。 どうしてもやりたいことがあった。この盆休みの間に、さまざまなゴミがまき散らされていた。特に堤防の階段近辺に、ペットボトルを中心にして。過日、浜を散歩していて気になっていた。ヨシ。今度の