芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

死は一度だけ

もう何度もあなたに いや あなたって 言ったって 言葉の綾で つまり なんだな この自分自身に語り続けてきたんだが そうじゃないか けっして心ではない 体だ 体が消えるからこんなに痛いほど悲しいのだ   結局 

「芦屋芸術」二十五号を出版します!

 「芦屋芸術」二十五号の編集・校正が終わりました。あとはPDFに変換して、いつもお願いしているコーシン出版で印刷・製本していただくだけです。三月一日発行です。  本号の内容は以下の通りです。奥付も入れて204頁です。  

芦屋ビーチクラブ その95

 昨夜は満を持して待機していた。  夜の街を歩かず、おとなしくしていたのだった。  それはもちろん、きょう、日曜日、朝の芦屋浜へ出かけるためだった。言うまでもなく、浜のゴミを拾うために。  しかし、雪だった。かなり強く降

やはり、スズメのお宿、だった。

 朝九時過ぎ、一階のダイニングからリビングへ、そして寝室へとシャッターをあげていくと、スズメたちが眼前を飛び交ったりして、空中を夢中で飛び回ったりして、朝ごはんの催促。  というのも、昨夜、習癖にまでなったスナックで酒を

収穫物

 滑り落ちていくのではないだろうか。これといった理由もわからないけれど。だったら、誰かが仕組んだ罠かもしれないが。それならそれなりに理由があるはずだ。罠を仕掛けるなら、それなりの理由が。それは特定できるのだろうか。いや。

光る斜面

陽のあたる斜面を歩いていた いちめん 光っていた   光の中に 耳が浮かんでいた 左耳か 右耳か それはわからなかった   わからないけど 耳なのは確かだった  

詩誌「リヴィエール」204を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール」204 発行所/正岡洋夫 2026年1月15日発行    この詩誌は十五人の詩人が十七篇の詩作品、また、エッセイを九篇、小田悦子さんの追

スミレの詩集「と、私」を読む。

 こんな詩集を読んだ。    「と、私」 スミレ著 発行/本のおうち 2025年7月7日初版第1刷発行    この詩集は、四章に分かれていて、「母」の章に7篇、「父」の章に4篇、「祖父」の章に8篇、「

芦屋ビーチクラブ その94

 きのう、きょうと春が近づいた、ついそう思ってしまうくらい穏やかな日が続いている。けれど予報では火曜日から寒気がやって来る、すると、どうやら、やはりまだ冬なのか。    昨夜はどこにも行かず、飲み歩かず、自粛し

芦屋の夜の片隅で

     やはり古い歌ばかり唄っていた。まあ、古いといっても、戦後の昭和の歌、私と同時代の歌だが。  いつも金曜日の夜に通っているスナックで、ママの友達が京都から来ていて、私の左隣のカウンター席に座っ

透明物体

リードを持って歩いていたのは 確かだった だが いったい どんな犬を連れて 歩いていたのか 不明だった   どうしてだろう 目を凝らして見つめ続けたが リードの先は 誰もいない 何もない 透明な空間 そればかり

裂けたままで生きる

M 左足首を骨折して、ちょうど二か月だね。   マユ そう、きょうでちょうど二か月。   M 具合どう?   マユ 初診の時、二か月で治るはずだった。固定しないで、湿布だけになると。 そんな

冬の真昼の芦屋浜

冬の真昼 芦屋浜に出て 海の前に立っていた   ことし 七月十九日 えっちゃんの 十三回忌まで 彼女に捧げるステキな詩がたくさん書けますよう 祈っていた   でも いったい 何に向かってボクは祈ってい

長電話の町に住んでいた

 ゴミゴミした町を歩き回りながら、スマホを左耳に押し当て、電話をしていた。最初、仕事の話かと思っていたが、どうやらいつのまにか話題が変わっていて私生活の秘密めいた打ち明け話になっているのだった。そうやっておそらく半日以上

朝餉を督促するスズメたち

 昨夜から今日の未明にかけて、無名の歌姫の歌を聴いていた。  通いなれたスナックで昨年十月ごろだったか、出会った女性。彼女の歌、そしてその歌っている姿が、ステキで、少年みたい。  二日目前の金曜日、スナックで飲んでいると

酒とスズメと

 午前零時になってしまった。もっと早く帰るつもりだった。十時ごろになったらタクシーを呼んでね。チーママにこうお願いしておいたのだが、だが、だが、引きとめられて遅くなってしまった。  というのも、喜んでいいのだろう、カウン

ほとんど

あなたは かわいそうな人だね もうほとんど 空中分解寸前じゃないか   足首の上に くちびるが浮かんでいる

ジョルジュ・ロデンバックの「死都ブリュージュ/霧の紡車」を読む。

 以前読んだ本でも、まったく記憶に残っていない本、そんな作品もあるのだろうか。その理由は、今となれば、わからなくもないのだが。    「死都ブリュージュ/霧の紡車」 ジョルジュ・ロデンバック著 田辺保・倉智恒夫

足首だけ

水が流れているが どこで流れているのだろう 碁盤の上に並べられたような黒白の石が敷き詰められたゆるやかな斜面を 流れているのは 確かだった だがその先は 見えない そもそもどこから水は流れて来たのだろう 振り返っても 見

昨夜、崩壊過程を議論した。

 ゆっくりだったのかもしれない。いや。ちょっと違うだろう。むしろ、それは、いきなり、だった。川で言えば、山奥を流れる、急流だったと言っていい。岩から岩へと自ら悲鳴を上げながら、裂け、ちぎれ去って滝つぼへ墜落していく……今

芦屋ビーチクラブ その93

 今年最初の日曜日。今年最初の芦屋ビーチクラブの活動。  誤解しないで欲しい。「活動」といっても、そんなおおげさな、例えば政治の活動とか、そうじゃなくて、極めてつつましい、芦屋浜から出来るだけゴミをなくしたい、それだけだ

中身は消えていく

 こんなところに財布が落ちている。レンガ色をしたタイル張りの長い階段を上っている途中、踏み面から黒革の財布をMは拾いあげた。ためつすがめつして、彼は確信した。「アレ、これボクの財布じゃないか」。念のためセカンドバッグの中

年始から忙しい

 きょうは確かに一月二日だと思っていたが、早朝三時半に起き、作品をひとつ仕上げ、ブログに投稿していた。そのあと、「芦屋芸術」25号の編集・校正作業。年末から始めて、今号の投稿者の作品を元日までに四名分校正を終え、ゲラを作

初日の出2026

 朝七時前に芦屋浜へ足を運んだ。  初日の出を見た。  長い間見つめていた。浜の彼方にあがっていく太陽。  おそらく私は強烈なエゴイストなのだろう。今年こそいい作品が書けますよう、祈っていた。私にとって「いい作品」とは、

スズメのお宿

 いつ頃からだったろうか、私がスズメと仲良しになったのは。  思い起こせば、最初、私はカラスと仲良しになったのだ。そのカラスは羽を傷めた、身障者だった。偶然かもしれない。そのカラスとの出会いは2020年7月19日、私の妻

右かもしれない

女の横顔。どこか見覚えのある。待てよ。何度か食事もご一緒したり、スナックのカラオケでデュエットまでした仲ではなかったか。ああ、人の心を深い悲しみに沈めてしまうステキなハスキーボイスのあのこでは。だったら、どうして、人っ子

意味不明が訪ねてきた

<Ⅰ>    メールが入ってきた。契約がしたい、そう言ってきている。だが、その物件の所有者が明記されていないばかりか、依頼者も不明だった。  こんな契約の申し込みなんてほっておいていいのだろうが、なぜかMにはな

芦屋ビーチクラブ その92

 今年最後の日曜日、朝八時の芦屋浜。  もちろん、言うまでもなく、芦屋ビーチクラブも今年最後の芦屋浜清掃作業の日。  今年、私は浜の南側を東西に走る堤防付近に生えている雑草を抜き続け、また、その周辺に落ちているゴミを拾っ

淋しい朝はスズメたちと話でもしよう。

 昨夜は会社の忘年会。JR芦屋近辺にある竹園で神戸牛のステーキのフルコースを食べた。妻を喪って十一年余り、初めて夕食のフルコースを食べたのだった。普段飲み歩いても、それほど食欲はなく、飲酒中心の遊びだった。だから、もう一

夜に出てくる人

孤独でいいじゃないか 世間に すり寄っても 世間は あなたの慰めにもなりはしない いざとなったら 離れていく   孤独って とてもいいじゃないか 愛しあったあの人のまぼろしを 今夜も 酒を飲みながら いっぱい 

まぼろしを浮かべ

はい 今夜も こうして 阪神芦屋駅周辺を うろついて 酒飲んで 生きてます   学校のお勉強なんて大嫌いだった 劣等生の おバカさんはおバカさんなりに   なぜかしら 体には恵まれて 病気にはずっと縁

オヤスミ

私 歳を取ってしまった。 まだ体はどうということはないが、 耳だ。 特に左の耳が聞きづらい。 いつも聴こえたふりをしているが、 ほんとは 相手が何を言っているのか、 意味不明の時が多々ある。   壁 …… &n

永井ますみの詩集「おのれ生え」を読む。

 きのう、このブログでご紹介した詩集「風船島奇譚」と同じ著者が、同じ発行日に出したもう一冊の詩集を読んでみた。    詩集「おのれ生え」 永井ますみ著 さいけい舎 2025年11月30日発行    こ

永井ますみの詩集「風船島奇譚」を読む。

 永井ますみさんから新詩集を送っていただいた。    詩集「風船島奇譚」 永井ますみ著 さいけい舎 2025年11月30日初版    この詩集は四十篇の作品で構成されている。  さまざまな内容の作品が

忘れちゃった ちょっと待って

私 何を見ようとしていたのか   自分 またかい   私 そんな冷たいまなざしで 馬鹿にしやがって   自分 怒りっぽいのが 癖なんだ    もっと冷静になって 頭の隅々まで探してみな  &

毎日 つぶやいている

愛している人は   朝の光に 浮かんで   闇の中へ 沈んでゆく    とわ に です   それが 愛だった   でも 思い残すことはない もはや   毎日 流

手首の気配

M タナカさんですよね。   それじゃあ、タナカさん、私の会社とあなたの会社とひとつにして、いっしょに明日から頑張ってやろう、結論はそれでいいんですね。   だったら、あとはお任せします。   タナカ ああ、そ

さとう三千魚の詩集「花たちへ」を読む。

 さとう三千魚さんからこんな「作品集」を送っていただいた。    「花たちへ」 さとう三千魚著 浜風文庫 2025年11月29日初版第一刷    なぜあえて「作品集」と表現したかというと、この本には副

ジャン・ロランの「フォカス氏」を読む。

 先日この著者の短編集「仮面物語集」を読んで、その読書感想文をブログに投稿した。今回は同じ著者のこんな長編小説を読んだ。    「フォカス氏」 ジャン・ロラン著 篠田知和基訳 月刊ペン社 昭和56年11月10日

皮と毛だけ

確かに、見渡せば、歳月とともに、すべてが流れ去っていく。 昔の哲人が言った通りだ。   だったら、すべては砂だろうか。流砂っていうだろ。そんな馬鹿な。違う違う。水か、それとも、少なくとも水のようなものじゃないだ

芦屋ビーチクラブ その91

 余程疲れていたのだろう。昨夜八時半ごろベッドに横たわり、目覚めた時には六時半を少し過ぎていた。  きょうは、どうしても芦屋ビーチクラブの活動に参加したかった。先週は午前中、文学の会があり、芦屋浜へ足を運ぶことは出来なか

不在……亀のいない朝……

 池の中をのぞいていた。  この小さな池の中で、今年の三月下旬からつい先日、十二月の初めまで亀が暮らしていた。そして、毎週土曜日の午前中、池を掃除して、ふたりで遊んだ。  私にとって、亡妻とのつながりがある、ただひとりの