記憶をたどれば、おそらく、私がこの本を手にしたのは二十代後半だったろう。あれからもう五十年くらい経ってしまった。
「O嬢の物語」 ポーリーヌ・レア―ジュ作 澁澤龍彦訳 角川文庫 昭和51年4月20日12版
既にこの作品を読んでいる方は大勢いると思う。かなりヒットしたのではないか。戦後のフランス、1954年、作家のジャン・ポ―ランが序文を書いて発表されている。発禁に近い処分を受けた問題作だった。
といって、実際に読んでみると、鎖、柱、鞭、鉄環などが、これでもか、そう言わんばかりに女の体に連続して音立てて振り上げられ、女を奴隷にしてもてあそんで喜悦する半狂乱の男連中が群がっている、過酷な性愛の妄想劇だった。
あるいはこう言っていいのかもしれない。恋人を愛するあまり、彼の奴隷として生きることを決意し、彼から生命を持つ肉体としてではなく一個の物体としてオモチャにされ、遂に彼から見捨てられ、自殺を選ぶ、そんなO嬢という女のスサマジイ告白だった。愛の究極には死が待っているのだった。さながら、神への愛のために殉教を選んだ聖徒達の如く。
また、極めて緻密な繊細な表現が全頁を覆っていて、所謂「文学愛好家」には、味わい深い文章を楽しむこともできるだろう。
ご存知だと思うが、この物語の作者ポーリーヌ・レア―ジュはペンネームで、本名はアンヌ・デクロ。彼女はドミニク・オーリーというペンネームでよく知られた作家だった。余談だが、この本の序文を書いたジャン・ポ―ランを愛していたのだろうか。憶測に過ぎないけれど。
*写真は、この本の表紙。角川文庫は映画になった「O嬢の物語」の一場面を表紙にしている。昭和五十年代には、戦前の太平洋戦争という状況から敗戦によって解放され、性の表現の在り方も大きな変化を見た。残念ながら、まあ、当たり前でもあるが、私は現在の状況を知らないが。