この著者の長編幻想小説「死者の誘い」は今年の五月に芦屋芸術のブログに紹介している。このたび、同じ著者のこんな長編作品を読んだ。
「ムルガーのはるかな旅」 ウォルター・デ・ラ・メア著 脇明子訳 ハヤカワ文庫 昭和54年2月28日発行
この長編ファンタジーは「死者の誘い」と同じ年、1910年に発表されている。特異な長編小説を二冊、同じ年に発表する力量には、目を見張るものがある。
この作品はティッシュナーという理想郷を求めてムルガーたちが苦難の旅を続ける物語だが、極めて具象的な味わいがあるファンタジーだった。横道にそれてしまうが、この小説を読んでいると、「ガリバー旅行記」に代表される英国の秀逸な旅物語が脳裏へ浮かんできた。とりわけ、「指輪物語」。
まったく本題とは関係のない余談になってしまうが、トールキンの「指輪物語」は私が三十前後の頃、西宮図書館で借り、評論社から出版されていた六巻本を読んだ。そのころは貧しくて、本は図書館で読んでいた。余りにおもしろかったので、妻悦子も一緒に読んだ、そんな楽しい思い出が残っている。後日、改訳で文庫本が出たのでもう一度いつか読もうと思い、全九冊だったか、買っておいた。そのもう一度はいまだにやって来ない。本棚の片隅で新しいまま汚れを知らないで眠っている。読書って、これでいいじゃん、そうじゃないだろうか。完璧でなくって。遊びなんだから。そればかりではない。妻悦子はもう物故の人なので、もう永遠に「もう一度読む時」なんてあるはずがないじゃないか。
おそらく「指輪物語」を読んでいる人は多いと思う。1950年代に発表された作品だから比較的新しい作品だ。それに爆発的にヒットした。それに比べれば、少し地味で透明な香りがする世界だが、ぜひこの古典的なファンタジーも時間が許せばお読みいただきたい。後悔しないと思う。