穴があいたまま 終わっていく
ハイ 終わりました!
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穴があいたまま 終わっていく
こんな冒険小説を読んだ。 「聖餐城」 ベルナール・ノエル著 生田耕作訳 河出書房新社 1974年5月28日初版 冒険小説といっても、どこか外部の世界、秘境だとか異星だとかそういった世界を
最近 頭の中に 何も 浮かんでこない 辺りは いちめん 灰と闇のまだら模様 旅は終わったのだろうか ひとまず だが 港が見えないじゃないか いったい どこで上陸すれ
わたしは ただひとりの読者に向かって 書き続けている わたしが 去れば この読者も この世から消える ただひとり あなたにだけ この手紙が届けば それでいいのだから そう思わないか 夜が来れば
記憶をたどれば、おそらく、私がこの本を手にしたのは二十代後半だったろう。あれからもう五十年くらい経ってしまった。 「O嬢の物語」 ポーリーヌ・レア―ジュ作 澁澤龍彦訳 角川文庫 昭和51年4月20日12
くちばしを逃れて 生きてきた 紅色の けれど なぜいとしいのだろう どうして こんなにもいとしいのだろう 地の果てまで 逃れるほどに 紅色の
今週の夜は、飲み歩くことが多かった。火曜日と水曜日は帰宅したのが午前零時を過ぎていた。そして、きのう、金曜日の夜は、けさ、三時過ぎに帰宅した。 十一時を過ぎて、立ち上がろうとしたこともあったが、そのたび、なじみの客が
夜が 怖い あたりには くちびる 泳いでいる いっぱい 背中には 歩いている 足 足 足 そして音 でも まだ わたくしは愛しています その指
先田督弘さんから詩誌が送られてきた。 「布」四二号 2025年9月20日発行 今号は四人の詩人が五篇の詩を発表している。また、<ひとこと>の欄ではそれぞれの詩人の近況や思いなどが語られて
午前零時を過ぎていた。深夜のスナック。狭いコの字型に曲がったソファー。小さなテーブルを囲んで、三人の男女がおしゃべりに夢中になっている。しばしMだけ沈黙して、唇にグラスを傾けた。あとの二人の男女は酔眼でよろめきつつたが
この本を読んだのは三十歳前後の頃だろう。過日、マゾッホの「毛皮を着たビーナス」を再読したので、この作品ももう一度読んでおこう、そう思った次第だった。 「イマージュ」 ジャン・ド・ベルグ著 行方未知訳 角
確かに秋めいてきた。といって、もう九月の終わりに近づいたのだけれど。 きょうも、日曜日の朝は芦屋浜の雑草を抜いていた。バカの一つ覚えだろうか。もちろん雑草だけではなく、その周辺に散らばったタバコの吸いガラ、捨てられた
きょう未明、二時過ぎに帰宅。昨夜もスナックで、さまざまな物語が酔客の口もとから流れ出た。男と女と。さまざま。統一理論や統一見解は崩壊した。彼、彼女の常識に毛が生えたような表側の話ではなく、裏側だった。個別の、アナーキー
この著者の作品は、「残酷な女たち」という中短編集を読みその読書感想文を去年の9月5日の芦屋芸術のブログに投稿している。興味のある方は参考にして欲しい。 「毛皮を着たビーナス」 ザッヘル・マゾッホ著 種村
誰もいない庭が 頭の中に浮かんでいる 物音もなく 移動していく ひっそり 頭の東から 西へ 庭は消えていた やがて 暗い泡に満たされて いっぱい 静かな泡に
この著者の長編幻想小説「死者の誘い」は今年の五月に芦屋芸術のブログに紹介している。このたび、同じ著者のこんな長編作品を読んだ。 「ムルガーのはるかな旅」 ウォルター・デ・ラ・メア著 脇明子訳 ハヤカワ文
まだら模様が、彼の眼前で、次第に形を成してきた。不思議なこともあるもんだ。全体がつぶつぶのシズクで覆われていたまだら模様の画面に、ひとつの形が、顔だ、顔、間違いない、あの人の顔が。 まだ生きているのかもしれない。なぜ
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「リヴィエール202」 発行所/正岡洋夫 2025年9月15日発行 この詩誌は、十四人の執筆者が十五篇の詩作品、そのうち六人の方が六篇のエッセイ、
やはり日曜日の朝は雑草を抜いていた。いつも作業中、余計なことばかり頭に思い浮かべてしまうが、きょうはほとんど無心に雑草を抜き続けた。 あえて「ほとんど」と断っておいたが、というのも、雑草を抜きながら、私は「雑草」とい
きょうは午前零時過ぎに帰宅した。最近少し寝不足なので早く帰ることにした。それにしても昨夜、二軒目のスナックは見事だった。二人連れの女客と五人連れの女客が意気投合して、最後は大合唱。男客一人の私は呆然としてソファーに座っ
虫がいるのかもしれない。いや、そうに違いない。朝起きると腋の下や腰回りなどで、カユイ。カユクてタマラナイ。最近、そんな朝が、シバシバ。しばらく、腕組み。これでは、ダメ。オレの将来は暗い。Mはそう結論付けた。早めの対策が
芦屋芸術24号の編集・校正が出来ました。発行日は今年の11月1日です。本日、原稿をいつもお願いしているコーシン出版に送ります。内容は以下の通り。ご期待ください。尚、芦屋芸術の今年の出版はこれでオシマイ。芦屋芸術25号は
秋になれば 乱れ落ちている 生命の枯葉が あちら こちら 先生 汚泥の中に落ちて もがき苦しんで暮らしてるって そんな生物 いるって ほんとですか いい質問だね そんな生物は 結局 汚泥が好き
永井ますみさんから詩誌が送られてきた。 「現代詩神戸」290号 編集/今猿人・神仙寺妙・永井ますみ 2025年9月10日発行 今号は十八人の執筆者が二十一篇の詩作品、詩集評一篇、エッセイ
解がいくつもある場合があることを わたしは知らないわけではなかった むしろ 生活では各自それぞれ ほとんど無数の解があるのかもしれなかった 君の言う通りだ 確かにそうだろう だが それじゃあ こいつはトテモ不可解ではな
きょうは日曜日。朝八時からいつも通り、芦屋浜の清掃作業へ。 少年たちから大人まで、浜の周辺は賑わっている。駐車場には、芦屋市消防本部から消防救援隊の車両が一台待機している。いったい何が。 潮芦屋アクアスロン大会が本
昨夜、いつものようにスナックで遊んだが、二軒目で飲んでいると、以前ここでご一緒した女性が遊びに来た。再会。二人でおしゃべりをしたり、カラオケを楽しんでみたり。とにかく彼女の歌はプロ級で、若い時に芸能界に入っていたら、そ
力津耀子さんから詩集が送られてきた。 「記憶のジグソーパズル」 力津耀子著 発行所/さいけい舎 2025年8月15日発行 まず発行日を見てもらいたい。終戦記念日である。初めて出版する詩集
おそらく夢を見ていたのだろうか。だったら、どうして、こんなにも体が濡れているのだろう。頭髪から足の爪先までびっしょり。ぬるりん。肩や腰からいっぱいシズク垂らして。 魚は二十三匹いた。そんなに大きな魚ではなかった。全長
直樹一雄さんから文芸誌が送られてきた。 「ブーゲンビリア」第2章第4号 発行者/直樹一雄 2025年9月1日発行 五人の執筆者が十篇の詩、五篇のエッセイ、そして小詩集と小説を発表している
帰って来ないことは わかっていた 君にそんなお説教をされるために ボクはこのお話を語りかけたんじゃあない わかってくれ もう 絶対 帰って来ないって とても悲しいじゃないか 悲しすぎて 涙も出ないじゃないか
伊川達郎さんから文芸誌が送られてきた。 「風のたより」31号 発行所/風のポスト 2025年9月3日発行 今回は、三人の執筆者が、それぞれ詩、連載中の評論、それからエッセイを発表してい
きょうも芦屋浜の雑草を抜いていた。日曜日の朝、恒例の芦屋ビーチクラブの活動日。 雑草を抜いていると、仲間の女性から声をかけられた。彼女はいつもマメシバを連れて芦屋浜のゴミ拾いをしている。そのワンちゃんが私の体にすり寄
猛暑が続いていたが、今朝は少しだけ秋めいていた。少しだけ秋めいて、そんな表現をしたというのも、暑いには暑いが、時折、秋をしのばせるヒヤリとした風が吹きすぎていく。きのうの夜明け頃まで台風十五号の影響で雨が降っていたが、
後藤光治さんから詩誌が送られてきた。 後藤光治個人詩誌「アビラ」23号 編集発行/後藤光治 2025年9月1日発行 今号の「アビラ」はこういう構成をとっている。 まず巻頭に「ロラン語
あなたを喪ってから 昼は消えていた しかしそれは夜ではなかった より正確に言えば 未明に出てくるものだった
樹木に覆われているのだろうか。樹木のトンネルだろうか。そんな馬鹿な。待てよ。だったら、それとも、レンガとか、コンクリートだとか……外面を墨で固めたのだろうか、黒く細長い穴がずっと続いているが、いったい何で出来ているのか
振り返ってみれば 私は ずっと 夜を探りながら 生きてきた 夜という心を
喜びだけではない 悲しみが 生きる原動力になることがある 信じて欲しい
Mの頭はビヤホールのように大きくはない。けれど今夜も彼の頭の中におおぜいの人が寄り集まってきた。パーティーでも始まるのか。 いったいどうしたというのだろう。Mはゴルフクラブを手にしていた。十一年ぶり。彼はずっとゴルフ
昨夜は金曜日。恒例となった夜の散策。いつも回るスナック二軒。午前零時過ぎ帰宅。 夜の旅。また変わったことがあった。二軒目のスナックのカウンター、私の右隣に座った男。四十過ぎ。これから芦屋で新しい商売を始めるとのこと。
その時は 思いもしなかった 二十年前 あなたが鉢植えから育てた 今 庭に咲く 紅 紫 白 三本の百日紅 *写真は、二十年前に亡妻が鉢植えから育てた三本の百日紅。白い花の百日紅がもっとも大きくなって、次に紫、
未明 まぶたを閉じて ベッドに横たわっていた 無数の 小さなガラス玉が 浮かんでいる 赤 緑 紫 ミルク 透明しずく さまざまな色彩で 光り 輝き 流動している
さびれた街だった。人気がなかった。もしかして集団疎開でもしたのだろうか。戦争の噂なんて聞いた覚えもないが。それにしても、目も当てられなかった。すべての風景がほとんど砂に近い状態だった。三日後には崩れ去ってしまうのではな
苦労したことは ぜんぶ 忘れてしまった 愛だけが残った 結局 いや 苦労も愛だった そうじゃないか
穴があいてしまった うめようとした けんめいに この十一年間 それが歳月だった
きょうは、言うまでもなく、日曜日。私にとって、朝八時から九時まで、芦屋浜でゴミ拾いをする日だった。 やはり雑草抜きが中心で、その周辺に落ちているゴミも拾って。 ボランティアって、もちろん、基本的には、無償の行為。当
最近、金曜日の夜の恒例儀式になってしまった。だから昨夜も行きつけのスナック二軒を回った。帰宅したのは午前零時を回っていた。 一軒目では、カウンターの右隣に六十代の女性がいて、夫と死別して十年になるという。私は妻と別れ
今夜は 何も浮かばない ただ 頭の 水面に 小さな虫が いっぱい
無数の線と 無数の線が きゅっ きゅっ 交わって 無数の絡みあいを演じている 時折 ひくひく ぴくぴく そんな音がしている いつしか溶けてしまった ひとつになった 二大無数線交接