芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「芦屋芸術十三号」が出来ました!

 「芦屋芸術十三号」が出来ました。三篇の作品で構成されています。     えっちゃんへの手紙   灰燼抄   詩画集 黒夢綺語    「えっちゃんへの手紙」で「連作えっちゃん」(仮題)全四作が完成しま

「風のたより22号」を読む。

 伊川龍郎氏から雑誌が送られて来た。    「風のたより22号」 発行所 風のポスト 2021年3月    六人の人がさまざまな文章を書いていた。上原昭則は故郷の沖縄から高知の短期大学で苦学したときの

詩誌「リヴィエール「175号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール175号」 発行所 横田英子 2021年3月15日発行    今号は、十六人の詩人の作品十八篇、谷本州子詩集「空を歩む」特集では、2020

ジョージ・オー-ウェルの「一九八四年」再読

 もうずいぶん昔のことだった。西宮図書館で借りた一冊の本の中に、近未来小説の傑作、ハクスリーの「すばらしい新世界」と、この作品が入っていた。もう五十年近くなるのではないだろうか。その作品をもう一度読みたくなって、新訳の文

オーウェルの「動物農場」再読

 この本はおそらく一九六〇年代の日本においてそれなりに読まれたのではないだろうか? 従来のソヴィエト系の革命思想ではなく、反スターリン系の革命思想を愛好する人々は往々にしてこの著者の「カタロニア讃歌」から入って、この本や

トロツキーの「裏切られた革命」

 この本の著者は、私のような自営業者は小ブルジョア個人主義者だ、そう規定している。まさにその通りだと思う。私は徹底した小ブルジョア個人主義者に間違いはない。  この本の著者は言う、    「既存事実を崇拝するも

あなたは南に浮かんでいる

わたくしは まいにち 空を見つめている あの人が 北の部屋から 深夜 運び出されて 焼却炉の煙突から 煙になって 浮かんだ 西空を ついに 愛しあえなかった あなたの煙も また その左 南に浮かんでいる

ツェランの「迫る光」、記憶の否定の不可能性について。

 私の記憶は狂っているのだろうか? というのも、私はこの本はかつて買ったことがない、そう記憶してるのだった。だが、恐ろしいことだが、数日前、本棚の片隅にこの本が立っていた。    「迫る光」 パウル・ツェラン著

「芦屋芸術十三号」を出版します!

 すべての原稿を書き終えました。以下の三篇です。    「えっちゃんへの手紙」  「灰燼抄」  「詩画集 黒夢綺語」    発行日は四月十九日です。この号に発表する「えっちゃんへの手紙」で「連作えっち

「灰燼抄」を改稿しました!

 ちょうど四十六年前、私が二十五歳の時に書いた作品を改稿した。    「灰燼抄」 山下徹作 発行者 山下悦子 一九七五年三月発行 ガリ版20部                      二〇二一年三月一日改稿

「リヴィエール174号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が届いた。十六人の詩人が書いた作品、七人の詩人の七篇のエッセイが収録されていた。    「リヴィエール174号」 発行所 横田英子 2021年1月15日発行    同人誌を読ん

「座」68号を読む。

 津田文子さんから詩誌が送られてきた。    「座」第68号 発行 座の会 2021年2月1日発行    おそらく、長い歳月にわたって詩を書き続けてきた人たちの詩誌であろう。平易な表現でありながら、成

「芦屋芸術十二号」が出来ました!

 「芦屋芸術十二号」が出来ました。収録作品は以下の通りです。     「えっちゃんの夏」   「月首」   「月光と白薔薇と」   「暗中を模索する その2」    今回もすべて私が書きました。定価千

「えっちゃんへの手紙」の最終稿が完成しました!

 きょう、いま、「えっちゃんへの手紙」の最終稿が完成しました。それ程長い文章ではないが、トテモ苦しみました。何故苦しんだか、読んでいただければ、きっとわかってもらえる、そう思っています。そして、やっとこれで、「連作えっち

午前三時

夢に よく出る 家 ジャックと散歩して 夕暮れて もう明かりのともった その家に また 帰っていた あの人が待っているようだった 先にジャックがはいり ボクもあがろうとすると すべてが消えていた 午前三時 この世では出会

トロツキーの「一九〇五年革命・結果と展望」

 私は世界の現在の状況は不勉強で知らない。ただ、島国の日本に住んでいるため、いくら不勉強であっても、この国に住まいを構えている大多数が現在の資本主義体制の中で生活するのを望んでいるだろう。現状を維持ないし改良する政治を望

トロツキーの「永続革命論」

 先日、トロツキーの「スペイン革命と人民戦線」を読んでいて、スペイン共産党はスターリンが主導する第三インターナショナルの人民戦線の戦略、まずブルジョア革命を達成してから社会主義革命を目指す所謂「二段階論」を採用してスペイ

ザミャーチンの「われら」

 一八八四年にロシアのレベジャーニに生まれたこの作家はボリシェヴィキの革命運動に参加し逮捕された経験を持っている。ツァーリの専制政府打倒の道を歩んでおり、一九一七年のロシア革命後のレーニンを中心としたプロレタリア独裁国家

「芦屋芸術」十二号を出版します!

 「芦屋芸術」12号を今年の三月一日に出版します。収録作品は以下の通りです。     「えっちゃんの夏」   「月首」   「月光と白薔薇と」   「暗中を模索する その2」    「えっちゃんの夏」

トロツキーの「スペイン革命と人民戦線」

 ジョージ・オーウェルは「カタロニア讃歌」の中で、スペイン内戦の際、たまたまポウム(POUM=統一マルキスト労働党)に所属する義勇軍に参加した、そう述べている。また、ポウムの指導者アンドレス・ニンはかつてトロツキーの秘書

ジョージ・オーウェルの「カタロニア讃歌」

 縁というものは不思議なものである。  スペイン人のホルヘ・センプルンの「ブーヘンヴァルトの日曜日」を読んでいて、ペルー人のセサル・バジェホという詩人を初めて知り、先日「セサル・バジェホ全詩集」を読んだ。その中に、詩人の

「えっちゃんの夏」が、出来ました!

 きょう、午前三時前に目覚め、いま、午前五時半頃、「えっちゃんの夏」が出来ました!  この作品の初稿は、私の妻「えっちゃん」が二〇一四年七月十九日の明け方にこの世を去って、十日余りの後、不意にえっちゃんの最後の時間、その

ことしは、これでおしまい!

 まだ平日の午前中は事務所に出て仕事をしているし、朝食と昼食は余程のことがない限り自分で作ってわが家で食べている。夕食はほとんど近所のサイゼリア。去年と変わらない。  今年変わったことはただひとつ、初めて「芦屋芸術」を私

「セサル・バジェホ全詩集」を読む。

 過日、ホルヘ・センプルンの「ブーヘンヴァルトの日曜日」という本を読んでいると、センプルンおすすめの三人の詩人が出てきた。そのうち二人の詩人、それはルネ・シャールとパウル・ツェランだが、そして私は既にある程度まで彼らの作

赤い渦巻

ひとりぼっちだから 紙に 落書をしていた   少年時代 両親は働きに出ていたから 学校から帰ると やはりひとりぼっちで 壁に 赤いクレヨンで 渦巻のような 落書をしていた

年末、「マルクス・エンゲルス全集第十九巻」を開く。

 私は歴史に明るくないけれど、現在までに消滅した国家は多々あるだろう。何故消滅したのかは、さまざまな理由があって、それぞれ個別に具体的に研究する以外にないだろうし、その個別研究の集成の中で、国家消滅の原因の一般性と特異性

レーニンの「国家と革命」

 近未来の物語、といってそれが今世紀のことか二十二世紀のことなのか、はたまた二十三世紀にやって来るのかわからないが、この物語の主題は「国家の死滅」だった。  まずこの本は過去の歴史を大局的にこう表現している。―従来の歴史

わが最後のパートナー、亀さん物語

 わが最愛のパートナー、えっちゃんは六年前の七月十九日に、愛犬ジャックは四年前の十月二十五日に、愛猫アニーは先月のえっちゃんの月命日、十九日に永眠しました。そして、わが最後のパートナー、亀さんは、けさ冬眠しました。  も

カアカアかえらず

仲間からいじめられ 右の羽を傷めて 障害をかかえた体で 七月十九日 えっちゃんの七回忌 君は我が家の庭先に来た 毎日 私の用意したごはんを食べ 多い日には四回も足を運んでくれた だが 日数を経るにつれ 仲間が君を襲撃した

さとう三千魚の「山崎方代に捧げる歌」

 不思議な構成を採用した詩集だった。歌人山崎方代の三十一首の短歌に著者がそれぞれ一篇の返歌ならぬ返詩を付けて、合計三十一篇の返詩で言葉の奥行きを深め、その舞台を拡げ、おりふしの出来事から身近な人の死までを表現した。 &n

「リヴィエール173号」を読んだ。

 十八人の詩人たちがそれぞれの思いを込めて、言葉でかたちにしていた。    「リヴィエール173号」 発行所 横田英子 2020年11月15日発行    まず巻頭に現れた川本多紀夫の「疫癘(えきれい)

レーニンの「帝国主義論」

 第一次世界大戦の最中、一九一六年春、著者が亡命中のスイスのチューリッヒでこの本は書かれた。その当時交戦中の先進資本主義国、すなわち、イギリス、フランス、アメリカ、日本、これらの国々と交戦するドイツ、この五大国は「資本主

今村欣史の「完本コーヒーカップの耳」

 確かに文章はいったいどこから出てくるのかわからない。頭から出てくる、そう言ってしまえばそうに違いないのだけれど、この本の文章は阪神沿線西宮駅近辺のとある喫茶店から出てきた。    「完本コーヒーカップの耳」 

「W・Sひょうご 20年のあゆみ」を読む。

 ウカツだったとはいえ、私はいままでDVに関してほとんど無関心だった。そしておそらく私だけではなく、おおぜいの人々が、いまだ無関心ではなかろうか。各自、さまざまな事情によって。例えば、私たちは、「たち」とはつまり私と六年

レーニンの「なにをなすべきか?」

 私がこの本を手にしたのはもうずいぶん昔、まだ十代の青年だった。おそらく私の同時代人で若い頃に革命思想に興味を持った方なら、胸に手を当てて思い出して欲しい、あなたもきっとこの書を開いたはずだった。    「なに

夜明けの頭

どこか違うところへ出かけている頭 いったい何がしたいかわからない頭 ひとつの頭だけで五、六人が会議する頭 この頭 迷子になった頭! 午前一時からゲラゲラ笑いつづける頭 天井に浮かぶ頭 ああ この頭 ふすまを唇でくわえて開

ヤン・ポトツキの「サラゴサ手稿」

 或る奇書研究家からのご教示により、この方はフランスの奇書の翻訳も既に複数ものしているが、私はこの本を手にしたと告白しなければならない。そして一読、成程! 合点した。    「サラゴサ手稿」 ヤン・ポトツキ著 

アニーの死

あたりまえの話だが すべては消えてゆく そんな アニーが死んだ夕暮れ 十一月十九日 あの人の月命日 午後五時四十六分 少し風が騒ぎはじめた 薄闇の中を 公園に出る うっすら雲が出ている 南西の空に 月と木星 東の空に 火

アニーが永眠しました。

 アニーが我が家にやって来てから、もう十九年と八ヶ月余りが過ぎていました。亡妻「えっちゃん」がご近所から彼女をいただきました。飼う人がいないので、預かってください、そういうことでした。けれど、アニーを一番かわいがっていた

カール・マルクスの「フランス語版資本論」を読む。

 思えば、私は二十三歳の時、「資本論全三巻」を必死で、正に文字通り必死になって、頭のデキが悪いクセにそれこそガマンにガマンを重ねてついに読了したのだった。厖大な本なので、より深く理解しようと宇野弘蔵の諸著作を前後して学ん

八原博通の「沖縄決戦」

 厖大な悪夢を見ていた。そしてそれは悪夢ではなく、現実だった。より正確に表現するならば、現実が悪夢を超えて押し寄せてきた。    「沖縄決戦 高級参謀の手記」 八原博通著 中公文庫 2015年6月25日再版発行

松岡祥男の「吉本隆明さんの笑顔」

 この記録は、吉本隆明が書いた文章の熱心な一読者が、いつの間にか、読者でありながら、読者を超えて、吉本隆明を中心に据えたさまざまな交流や、あるいは、批判、反批判が入り乱れ、それらすべてがひとつになって一輪の花が咲くように