芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

診察室

(博士が語る)

 正常値なんてないのではないか。すべては大なり小なり狂っているのではないか。だって、もし正常値があるなら、いつの時代でも同じ正常値、同じ常識だけで生きていけるのであってみれば、人間の世界は苦のない世界、楽だけが存在するであろう。しかし、例えば、その時代の大方の人間が、戦争が正常値だ、そう信仰すればそれ以外の人間は異常者でこの世から排斥されるんじゃないか。

 だから、そもそも正常値なんてない。どこにも存在しない。ここから言えるのは、もし正常がないなら、存在するものはすべて異常じゃないか。すべてのものはそれぞれ自分が抱え込んだ異常なカオスのただなかで生存しているのではないか。さらに言えば、異常な存在者はまたすべて狂っている、そうじゃないだろうか。いつの時代でも、すべての人間は多かれ少なかれ狂っている、こう結論されるんだろう。逆説にはなってしまうが、狂っているのが正常値だ、こう言ってよかろう。

 どうなんだろう。君、君ならどう思う。

 

(患者が答える)

 ハイ。先生。確かにボクは異常者だと思います。