芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

書けない?

 しばらく自問自答していた。書かないか、書けないか、あるいはもう書きたくもないのか、いったいどうしたというのだろう。ここ数日来、彼の頭には言葉が浮かばなくなった。不毛な自問自答だけが流れ続けていた。頭の中はもう空っぽだ。昼寝でもするか、本でも読むか、それともだれかれとなくラインで時間つぶしでもやるか、まあ、迷うところだ。

 原因は分かりすぎるほど分かっていた。実は、頭に余計な音波が入って来るのだった。石を落とした水紋状に。それもあちらこちらから大量にだ。頭頂からも、左耳の方から、右耳、眼底や、鼻の穴からも。「彼女」をもう一度表現し再現しようとして、既に十年前にこの世を去ってはいるが、まだ心の底に純粋な原形になって横たわった「彼女」へ近づこうとすればするほど、その体のすべてがバラバラに千切れて、まき散らされて、下腹部の闇の中へ沈んでいくのだった。彼の表現せんという意思とは裏腹に、まるで「彼女」の方から別離の挨拶を送っているように。両手を左右に大きく振って、もうあなたには何も残さない、彼の頭を空っぽにするために、バラバラに千切れて、闇の中に。