芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

この花を

もうこの世から消えてしまいたい なぜか そう思う日もあった   この花を見ながら     *きょうもまた、お昼の散歩の終わりは、総合公園の事務所に近い花壇を歩いていた。六月の初め。十一時ごろ

「鳥」第84号を読む。

 榎本三知子さんから詩誌が送られてきた。一通り読んでみた。    「鳥」第84号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2023年5月10日発行    この詩誌は、一九八三年(昭和五十八年)に創

きょうも ここまで

きょうも お昼の散歩の終わりは なぜか きのうと同じ花壇へ   もう一度だけでいいから いっしょに歩きたい そう思った     *写真は、きのうと同じ公園事務所近くの花壇。

きょうはひとりでやって来た

九年前まで とんちゃん ちょっと 花壇 寄っていい 花が見たくなったの   その花壇に きょうはひとりでやって来た     *きょうのお昼ごろ、曇り空の下、総合公園入り口付近にある花壇をスマ

「黄昏氏の登場」前置 その雰囲気

            真昼にもたそがれ時のように躓き             死人のように暗闇に座る                   イザヤ書五十九章十        前置 その雰囲気 &nbs

微熱がある状態。咳。目まい。

 昨夜は、午後六時半からベッドに横たわった。五時過ぎ辺りからフラフラしていたが、少し散歩に出て、海を見つめ、横たわるのを先へ引き延ばしていた。  きょう、朝四時前に目覚めた。家事と二十三歳の時に書いた原稿をワープロに打ち

微熱、咳、目まいの下で

 先週の土曜日の夕刻から火曜日の朝まで寝込んでしまい、それ以降、断続的に寝たり起きたりしている。ちょうど一週間目のきのうの土曜日は午後六時ごろ寝て、今朝四時過ぎに目覚めた。家事から始まって二十三歳の時に書いた原稿を五十年

「芦屋芸術十七号」を七月一日に発行します!

 「芦屋芸術十七号」の編集・校正を終わりました。今回は四人の招待客に参加してもらうのですが、さまざまなことを考える機会になりました。詳細は書きませんが。ただ、先週の土曜日の夕刻から寝込んでしまい、日曜日・月曜日はまったく

五枚の皿

 これは一見するとミルクだが、ミルクだけじゃない。何か混ざっているのか、いったい何を混ぜたのか、記憶にない。ミルクを片手鍋に注いだはずだ。そんな遠い昔ではない。ほんの数分、いや、ついさっきの話ではないだろうか。  ここま

わかった

悲しみを消すことが出来ないように   喜びも消すことが出来ないのが わかった     *写真は、2018年10月9日、我が家のダイニングテーブルの上で遊ぶアニー。十八歳。おおよそ二年後、彼女

南の縁から

見えないコップに 酒を注ぎ入れている テーブルは南に向かってやや傾いているので 酒は流れ 南の縁から零れ落ちてゆく  

「別冊 詩的現代」を読む。

 藤井章子さんから詩誌が送られてきた。    「別冊 詩的現代」 発行所/詩的現代編集部 2023年5月15日発行    一通り読ませていただいた。本誌は評論系の文章がいい、そう思った。とりわけ嵩文彦

「リヴィエール188号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール188号」 発行所/正岡洋夫 2023年5月15日発行    十四人の作家が十五篇の詩を発表している。エッセイは六篇。まは、表紙裏には川本

黄昏氏の登場

                         真昼にもたそがれ時のように躓き                          死人のように暗闇に座る                                イ

ことしも、ミニバラが。

 ことしも、亡妻が遺したミニバラが咲き始めました。九年目の春。  お昼ごろ、ミニバラを一輪切りました。  我が家のダイニングの東窓の飾り棚にはまだ亡妻の骨壺と、その左右に愛猫アニーと愛犬ジャックの骨壺が立っています。亡妻

亀さん、白いキキョウの前を。

 きょう、お天気がよかったので、お昼ごろ、亀の池の水替えをしました。暑いくらいで、もう初夏がやって来たのではないか、この地方に住んでいる人ならきっとそう思ったに違いありません。  三十四年目の春を迎えた亀さん、とても元気

宮武孝吉の詩集「内場幻想」を読む。

 不思議な縁で私はこの詩集を手にした。詩集に添えられた著者のレターでは、去年の三月まで千葉詩人クラブの理事をしていたこと、そしてこの不思議な縁の結び目は、私が去年の十二月十五日に芦屋芸術のブログに書いた「千葉県詩集第55

永井ますみ詩集「夜があける」を読む。

 新型コロナが日本に上陸して三年余りが過ぎた。この間の著者なりのコロナに対する思いをつづったのが以下の詩集だった。    永井ますみ詩集「夜があける」 永井ますみ著 山の街企画発行 2023年5月15日 &nb

弁当とその手紙

 弁当が三つ。二つはダイニングテーブルの上。もう一つは流し台の右端の上。不思議なことに、これらの弁当には意味が、それもやや政治的な意味があった。  それぞれの弁当には、丁寧な字で書かれたレターが添えられている。私は、まず

私は無宗教

 深夜、午前零時前後から、半覚半睡状態なのか、さまざまな人々の顔が浮かんできた。小さい時から現在までに出会った人々の顔。  顔だけではなく名前が頭の中に出てくる場合もあり、顔だけで名前は不明の人もおおぜいいた。家族や親戚

夢からさめて

 きょうの未明、財布を紛失する夢を見た。それが置いてあったのは薄暗い場所だった。壁を一辺三十センチくらいの立方体にくり抜いた棚の上に保管されていた。何処かをウロウロしていたが、何処をうろついていたのだろう、再びこの場所へ

星明りの道 序詞

 Ⅰ 光の小川   月光は呼び出される 森はふたたび明るくなる ひとすじ 照らされる 小道 あたかも光の小川のように      Ⅱ暗くなる   雲が切れ 月の下   山と

「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」の拾遺抄を書こうと思う。

 不思議な縁でお付き合いのあるフランス文学の研究者で翻訳家のN氏から、先日出版した「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」の読後の感想のお便りをいただいた。その中で、何故「この人」か、この問いが提出されていた。噛み砕いていえば、何故

事務所

 何が何やらさっぱりわからなくなってしまった。  確かに見覚えがない、きっぱりそう断言するわけにはいかなかった。おそらく大阪の梅田近辺だろうが、かなり複雑な道路だった。入り組んでいた。連れの男と二人。あるいは、もう一人い

ただいま芦屋芸術十七号を編集校正中!

 ただいま芦屋芸術十七号を編集校正中! 今号は私以外に四人の作家が登場します。ご期待ください。以下に名前をあげておきます。(五十音順)   榎本三知子   スミレ(ペンネーム)   野間明子   山中従子  まだ、原稿全

過失

私は今日も 花へ よけいな愛を ささやいてしまったようだ   *昭和43年(1968年)4月12日作。私が18歳の時の作品。

その顔

作業場で 石を持つと 骨が崩れ落ちた   黒い顔をした蝶が 肩に止まっていた     *十八歳のノートから

黄昏前夜祭

                        真昼にもたそがれ時のように躓き                         死人のように暗闇に座る云々。                               (

日本現代詩人会に入会しました。

 従来、私は組織が嫌いで、ビジネスでも趣味でも基本的には自力でやるのが好きだった。  事実、私は生活の糧を自営業者としてまっとうしてきた。趣味も、ギター、カードマジック、詩、一人で黙って時間を重ねた。つまり、孤独が好きだ

芦屋二十年短観

 きょう、四月二十六日、芦屋のこの家に越してきて二十年になる。  そもそもこの家を見つけたのは妻悦子であり、彼女は八十を超えたばかりの私の母の老後を見るため、この家を買った。母も喜んでいたが、転居前にアクシデントがあって

長谷さん、再選されました!

 きのう、芦屋市議会議員選挙の投票日で、長谷さんは再選されました。八期目になります。  きのうの夜八時ごろから、きょうの午前一時ごろまで私は長谷さんの選挙事務所で結果を待ち、当選を祝いました。  彼は完全に無党派の議員で

水滴みたいに

わたしのこころは とても小さいので それよりも もっと小さな思い出が いっぱい つまっている とりわけ あなたの思い出 わたしとともに この世から 消えてゆく あなたの思い出 雨あがりの軒端から 落ちる 水滴みたいに

彼女

 二〇一八年九月四日、台風二十一号によって私の住んでいる潮芦屋地区でも海岸沿いの家が高潮で浸水した。中には床上浸水までの被害も出た。  その後、高潮対策の防潮堤工事によって、芦屋浜ビーチ側と民家側が内壁と外壁との二重の防

不透明になった

 Ⅰ   出来るだけ この世の塵を払い 身を軽くして   旅立ちたい      Ⅱ   文字を書くことは 塵を払うことだろうか あるいは この世に 余分な塵を積むことだろ

恋人探し

ワイフを喪って もうすぐ九年   彼女の物語 八年半がかりで 書き終わった 「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」 そんな題にして   一冊の本にもした これで供養はすんだ   さあ 新しい恋人探し

あなたと愛しあって生きたい

ひとりのニンゲンって 地球のゴミツブかもしれない 無力な乞食かもしれない そしてワタシもただひとりのニンゲン ただひとつのゴミツブ 平和な世界を作るなんて トテモ出来ない でも こんなヒトツブだけれど ヒトツブなりにきょ

新型コロナワクチン雑感

 私は少年のころから医者にお世話になった思い出はほとんどない。鮮明に憶えているのは、これだけである。私は夏になったら近くの川でよく泳いでいたのだが、ある日、左の耳が中耳炎になった。まだ小学校低学年だったと思うが、四十代に

芦屋市議会選、長谷基弘の出陣式で今回も挨拶をしました!

 きょうから芦屋市長と市議会議員の選挙が始まります。一週間後の23日が投票日です。  きょう午後1時から友人の長谷基弘の出陣式がありました。四年前と同様、私は出陣式の挨拶をしました。  以下は、私の挨拶の内容です。わたし

一行詩。二十九歳、そして三十歳の秋。

きりぎりす妻の声よりなお近く 1978年8月20日 紙に書いた月が出ている 同年8月27日 虫の足に硝子冷たし窓の秋 同日 コカコーラややためらいし秋の風 同年9月3日 かみなりを引っぱれば雨が降りだす 同日 稲光闇の穴

四つの断片から

 第一の断片 光の小川   月光は呼び出される 森はふたたび明るくなる ひとすじ 照らされる 小道 あたかも光の小川のように      第二の断片 暗くなる   雲が切れ 月の下

死んだ人

きみのベッドと ぼくのベッドを とりかえることはできない  ⁂ 眠りへの階段を飛びこして あなたは時々部屋にやって来たりする  ⁂ 死者とは ただ与えるだけの人なのだ   *二十六歳のノートから。

雨あがり

ひかりは さびしいから ひかっている    ⁂   目をつぶれば つま先から 頭の毛一本まで 光っていた    ⁂   のきばから  あまつぶが  したたる   &nbs

透明になった

この狭苦しい二間のあぱあとには 一日中陽が当たらない…… なんて小説的なことは言わない だって朝の一時間位は 六畳の間の四分の三近くまでまるで水辺になって 光の水しぶきがずんずん打ち寄せて来る 十月の朝日 おとうさんも

光る声

童話の唇をひらいた    反歌 涙が零れる まばたきをする……     *一九八〇年二月十一日と十八日に日記に書かれた言葉。私は三十歳。  

手のひらをひらく

月の光がいちめん落書しているこころは悲しい こころは空である 月の飛ぶ庭である 過去も未来もない 暗い穴にじっとうずくまって 消しゴムを離そうともしない もう落書なんて忘れたいから もう誰に見られたくもないから くれない