灰色の空間に 大小さまざまな直方体が浮かんでいる 時たま見かける 小さな三角錐の物体 ちらほら ちらほらと 彼には浮かんでいることだけはわかっている だが 静止しているのか 移動しているのか ただ明滅してい
これは瞬間反射だろうか
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灰色の空間に 大小さまざまな直方体が浮かんでいる 時たま見かける 小さな三角錐の物体 ちらほら ちらほらと 彼には浮かんでいることだけはわかっている だが 静止しているのか 移動しているのか ただ明滅してい
ボランティアってどういう意味か。ちょっとネットで調べてみたら、三原則があるらしい。自主性、社会性、無償性、この三つ。 今日は日曜日。朝の八時から九時まで芦屋浜の清掃作業をやっている芦屋ビーチクラブは、上の三原則を基礎
昨夜はスナックを二軒はしごして、それぞれゆっくり座りもせず、そそくさと帰宅した。十一時半ごろだった。 今朝は六時半から家事を始めた。平日より三十分遅刻。気になっていることがあった。ツツジの花はしおれ、家の表側も裏側も
正確に表現しようとすれば、こうだろうか。一辺一センチの立方体が十個棒状につながったチョコレートを彼は既に二個かじって食べてしまった。真正面にやはり頭が立方体をした白髪の初老の男が座っている。いや、あるいは立っているのか
恋の火は 二三か月続いて やがて鎮火した 燃えがらだけが残った 雨風に打たれて 崩れ 流れ去った 多少 心の底に まだ 焼け跡がこびりついてはいるが もうかれこれ十一年になるか こんな火災が たびたび起こっ
私自身があの花の香りをかいでしまったためであろうか。記憶の断片しか残っていない。それは長い手紙が引き裂かれ、風に吹かれて、千切れた破片数十枚が手元に残されていて、それらをつなぎ合わせている作業に酷似していた。あちらこち
もうなにがなんだかわからなくなった 靴の中から財布が出てきた そのうえ 赤いハイヒールだった
悲しみは書くことは出来ても 喜びを書くことは もう僕にはできないと思う 五月 花を見ても悲しく まして 失ってからこのかた 昨夜も ひとり酒 だが なぜ いま 歩いているのだろう この真昼に とりたてて あてはないけれど
先週はぺラゴス神戸という文章の会が日曜日の午前中にあってそれに参加するため、こちらの方は休んだ。きょうはこちらの方へ、こちらというのはもちろん芦屋浜のことだが、向かった。 やはり私のやる仕事といえば、毎回同様、芦屋浜
昨夜は従来になく早く帰宅した。午後十時半。別に飲み疲れたわけではなかった。多少夜遊びに飽きたのか。まだ春だけれど。 きょう六時半に起きて家事を済ませ、庭掃除をしている間にいつも集まって来るカラス夫婦、スズメたち、おそ
青空 雲 夕焼け 星 星 星 星 そして 二本の足
こんな長編の幻想小説を読んだ。 「死者の誘い」 W・デ・ラ・メア著 田中西二郎訳 創元推理文庫 1984年7月20日初版 著者はイギリスの幻想怪奇小説家。詩人。児童文学作家。日本では西条
しじまがあった。こんな言葉が口をついて出できた。未明。二時を過ぎたところだった。ベッドに仰向きに横たわって、まだ、瞳は閉ざされていた。けれど、はっきり、しじまがあった。この一節が鎖されたマブタに浮かんでいた。 音はな
一日が暮れてゆく きのうとは違った一日が 目の色が変わった 白くなった
悲しいままでいい そうじゃないか 愛した人を喪って 余計なこと 考えないで 悲しいままでいいじゃないか ちょっと 待て それがそうじゃなかったんだ 悲しい時もあったし うれしい時もあったし 酒がうまいし カ
葉書が出てきた。海と円錐形に突き出た島が描いてあった。黒い太い線。墨汁で描いたのだろうか。なぜかこの島には、ずいぶん昔、訪れた記憶があった。 脳裏に島内の風景の映像が走った。白い小さい浜辺。オリーブの林。青空に浮かぶ
どうしてこんな状況に立ち至ったのか。既に手錠をはめられていた。そして、背後から目隠しをされた。何も見えなかった。複数の人間がいた記憶は残っているが、何人いたのだろうか。黒い覆面で顔を覆っていたので、男だろうか女だろうか
昨夜は行きつけのスナックで九時過ぎまで飲み、一昨夜訪れたスナックへと流れた。ある事情があった。言うまでもなく、夜遊びの他愛ない事情ではあるが。しかし私のような低劣な男には、他愛ない事情の中で自分なりに生きているのだが。
めまいが した 音は しなかった 天井が 傾いている 破 れ た
穴が あいているから すべてを 忘却する 靴下ではない ごらん 足の裏から 記憶が 流れ 去っていく 刻々と
どこをうろついていたのかわからない。あれは舗道だったのか、それとも廊下だったのか、既に記憶は鮮明ではなく、頭の中に黄昏がやって来たのだろう、過去は薄い灰色の膜に覆われてしまった。結局、たどり着いたのは、長径五十センチ短
やましいことは なにもない このてのひらを みてください どれどれ
文学に対してさまざまな考え方があるのだろう、不勉強な私には皆目わからないが。文献学や語学などの世界は別として、私個人に関して言えば、文学は自分の好悪に素直に従って選らんでいけばそれでいい、そんな読書遍歴をしてきた。
昨夜はいつものスナックで遊んで、帰宅したのは今日の午前零時半ごろ。けれど、朝八時から始まる芦屋ビーチクラブの活動にどうしても本日は参加しようと思っていた。もう二か月間、私は芦屋浜の清掃を怠っていた。 六時に起床。家事
今週の木曜日は誘われて夜更かししてしまった。帰宅したのは金曜日の午前二時半ごろだった。ある事情もあって、昨夜は我が家でおとなしくして、早く就寝した。 本日、土曜日、亀の池の清掃日。朝四時に起きて、家事を済ませ、庭の掃
土砂降りの中を 傘もささず 歩いていた 靴下だけが 濡れていた
左の方から棒状の光が走って来て 左頬を打った すぐに左方を確認したが 何も見当たらなかった あれはいったい何だったのか 懐中電灯ではなかった なぜって 左には誰も立っていなかったから 枕元に置いてあるスマホを見たら 午前
その館に何が住んでいるのかわからなかった。いろいろな説があった。三人のゾンビを見た、そう証言するその地区の郵便配達夫までいる、そんな奇妙な噂まで彼は耳にした。それでは、いったいどんなゾンビだろう。 ニンゲンの死体が蘇
こんな本を読んだ。 「バロック協奏曲」 アレッホ・カルペンティエール著 鼓直訳 サンリオSF文庫 1979年5月15日発行 この本には中編「バロック協奏曲」と短篇「選ばれたひとびと」の二
先日この著者の「大胯びらき」という作品を読んだ。今回はこんな作品を読んでみた。 「怖るべき子供たち」 ジャン・コクトー著 東郷青児訳 角川文庫 平成5年6月20日改版45版 この作品の成
また、ここにもどってきた。もう二度と、帰らないと、誓ったはずなのに。 瞳が浮かんでいた。いったい誰の? おそらくは、あの……確かに浮かんではいるが、いかなる動力で空中移動しているのか、皆目わからなかった。そ
毎日、空気は、暖かくなったり、冷たくなったりを繰り返しながら、それでも気温は徐々に上昇しているのだった。 けさは、暖かくなっていた。 土曜日。恒例の亀の池の掃除日。昨夜は少し飲んで帰宅したのは本日午前零時半。未明、
どうやら 晴れの予報だし 未明に起きて 芦屋芸術のブログに作品を投稿するよりも 夜は熟睡し 朝五時に起床して 洗濯することを優先しよう 一週間ぶりの洗濯 そうして 午前中の仕事が終わって帰宅したら たまには 一日 ぶらぶ
ほの暗い路地だ。狭いといっても、幅一メートルもない、ほとんど線状路地とでも表現すればいいのか。 おおよそ十メートルくらい先は行き止まりになっていて、高さ三メートルほどのコンクリートの壁になっている。壁の左側には幅約三
それがそうじゃなかったんだ だったら これから どうなってしまうんだろう はっきり こうだと 言ってください どうか はっきり こうなんだと ええ 先生 そうなんです わかってください くるくる回ることもあ
風が消えた 夜が止まった 街路樹が沈黙した だが この闇の静寂の中から 息づかいがした 左肩の上 耳たぶのそばに 声が落ちた 来週の水曜日 あいてる?
こんな本を読んだ。 「大胯びらき」 コクトー著 澁澤龍彦訳 福武文庫 1994年11月4日第8刷 オシャレな青春小説だった。コクトーの趣味があちらこちらからにじみ出てくる気持ちがした。言
皆様 この水は 純粋を持続するために 濁っていた また 濁らなければならなかった つまり 濁らなければ 純粋になれなかった いや むしろ ホントは こうです 純水といわれるものは 濁水の底から 噴き出してくるものだ わた
原口健次さんから詩誌が送られてきた。 寄稿文芸誌「KAIGA」No.128 編集発行人/原口健次 発行所/グループ絵画 2025年3月31日発行 この詩誌には、いつもの通り、四人の詩人が
昨夜も夜遊びで帰宅したのは本日、午前二時半ごろだった。去年からこの傾向はかなり見られたが、今年になって毎週金曜日土曜日はほとんど、あるいは、かならず午前様だった。これだけ長時間この世で暮らしてきた我が身はやがて崩れ去っ
後藤光治さんから詩誌が送られてきた。 詩誌「アビラ」21号 編集発行/後藤光治 2025年3月20日発行 この詩誌は、まず巻頭に「ロラン語録」が登場する。今号は、「トルストイの生涯」から
信じられないことが起こった。奇妙な事件が突然彼に降りかかってきたのだ。何としてもこの事件の概略だけでもご報告しておきたい。 タバコを止めてもう二十年くらいたっている。今では居酒屋で友人が吸っていても、彼
先田督裕さんからいただいた詩誌を読んだ。 詩誌「タルタ65号」 編集/寺田美由記・田中裕子 発行/タルタの会 2025年3月1日発行 この詩誌では九人の詩人が十六篇の詩を発表している。ま
最後は ゼロ なって この世を去るって ステキじゃない そうね あなた そうよ そのとおりね でも いつもよ 最後だけじゃない ねえ わかる いつも いつもよ この時 ここで よく見て ここよ この世の果て あの世でも
先田督裕さんから送っていただいた詩誌を読み終えた。 詩誌「タルタ64号」 編集/寺田美由記・田中裕子 発行/タルタの会 2024年11月1日発行 この詩誌は、九人の詩人が十六篇の作品を発
昨夜も飲み歩き きょうの未明 午前三時ごろ 帰宅した こんなことが 連日続いていた 朝九時前 起床して スマホを見た 私は頭に浮かんだ言葉を忘れないうちに スマホのメモ帳に打ち残しておく癖がある 昨夜 あるいは きょうの
金堀則夫さんから詩誌を送っていただいた。 詩誌「交野が原」第98号 編集・発行人/金堀則夫 発行所/交野が原発行所 2025年4月1日発行 この詩誌は、三十二人の詩人の詩作品三十三篇、評
昨夜は夜遅くまで飲み、帰宅したのは今日の未明、午前二時二十分ごろ。先程まで一緒に飲んでいた友達にラインを。「おやすみ」。いつしか、就寝。 午前八時四十分ごろ起床。朝食、洗濯、花の水替え。庭掃除は手抜きしようと思ってい
あっというまに 消えることもある そうだよ わかるだろ わたしは あなたのことを 言っているのだよ そうじゃないか あなたが 膵臓がんで 一瞬にして消えるなんて もし 消えていなければ この十一年間 まった
金堀則夫さんからこんな詩誌が送られてきた。 詩誌「石の森」第202号 編集/西岡彩乃 発行/美濃千鶴 2025年1月10日 この詩誌は、五人の詩人の五篇の詩、書評一篇、そして<石の声>の