芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

シュトローブル短編集「刺絡・死の舞踏他」を読む。。

 文学に対してさまざまな考え方があるのだろう、不勉強な私には皆目わからないが。文献学や語学などの世界は別として、私個人に関して言えば、文学は自分の好悪に素直に従って選らんでいけばそれでいい、そんな読書遍歴をしてきた。

 世界各国、それぞれの言語で今まで無数といってもいいくらい作品が浮かびあがり、沈み、いつしか土に還って消滅している。

 そもそも文学なんていう言葉自体が、私のような軽薄なニンゲンには向いていない。「学」。とても敷居が高すぎて。「楽」ならまだしも。まだ、文芸、つまり言葉の芸、あるいは、ちょっと気取って言語の芸術、なんて方が多少わかりやすいのだが。

 長い前置きはさておき、こんな本を読んだ。

 

 シュトローブル短編集「刺絡・死の舞踏他」 前川道介訳 創土社 1974年5月15日初版発行

 

 この作品集は七篇の短編小説を収録している。ギロチンによって切断された首がおしゃべりしたり、死んだ恋人がカーニバルで仮装してこの世に現れ、彼氏とデートし、もう一度抱きしめ合う、そういった死霊や吸血鬼などがこの世にやってくる話が緻密な言葉で紙に刻まれている。この著者の根本的な考え方を訳者はこのように解説している。その一部分だけではあるが引用してみよう。

 

 「画家ではブリューゲルとボッシュ、作家ではホフマンとポオを推すシュトローブルに言わせると、ユーモアと恐怖は、幻想を母とする双生児であり、両者とも世界を事実によって、すなわち合理的に解釈することで満足しない。両者とも意のままに人生を処理し、変革し、強調し、様式を与えるものである。従ってユーモアと恐怖のえがきだすものと実人生とは全く違ったものであり、両者は人生をつくりかえてしまう。」(本書213頁参照)

 

 私はおもしろく読ませていただいた。また、自分が作品を書く時の参考として、教えられることもあった。先に言ったように、緻密な言葉を紙の上に刻み付けること。そこから出現するグロテスク。所謂幻想小説を好む方は、ぜひ一読してほしい。