牧田榮子さんから詩誌が送られてきた。 「ア・テンポ67」 発行所/「ア・テンポ」の会 発行人/丸田礼子 編集人/牧田榮子・内田正美 2025年4月30日発行 十人の詩人がそれぞれ二篇、合
詩誌「ア・テンポ67」を読む。
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牧田榮子さんから詩誌が送られてきた。 「ア・テンポ67」 発行所/「ア・テンポ」の会 発行人/丸田礼子 編集人/牧田榮子・内田正美 2025年4月30日発行 十人の詩人がそれぞれ二篇、合
体調不良だった。原因はわかりきっている。やり過ぎ。私は「芦屋芸術」という個人誌を運営しているが、7月1日に発行する23号の編集・校正に先週、特に木曜日は会社を休み一日没頭していた。金曜日は会社に出勤したが午後からふたた
本日、こんな本が届きました。 別冊關學文藝第七十号 編集人/浅田厚美 発行人/伊奈忠彦 2025年5月20日発行 この文芸誌は年二回発行されていて、今号は七十号記念号、356頁に上る分厚
昨夜はいつものスナックで飲んで、十一時半に帰宅した。ここのところ、一週間くらい、体調不良。それでも夜、飲み歩く意志は固い。いずれ倒れるに違いないか。 今朝は六時半に起き、家事。カラス夫婦、スズメたちに朝ごはん。小雨パ
なかった 支えるものも 支えられるものも 砕け 散り 宙に 浮いていた ただ 昨夜の酒の記憶だけを残して ふぁらふぁら 色もなく 音もなく 崩れて ごらん すっかり形も消えた
そこでは もう花が咲いているかもしれない ここでは まだ涙が咲いているけれど それとも 降っているのか ⁂<追記> ここまで書いて、つまり二行の文章と涙を流す花をノートにしたためた時、私の手
薄皮をむく、あるいは、はがす、そんな作業が執拗に続けられている。よく見ると、薄皮で覆われた物体は人体の形状はしていたが、男なのか女なのか、それさえ判明しなかった。顔ばかりではなかった、体全体が薄皮で覆われていた。だから
「芦屋芸術23号」の編集・校正が終わりました。内容は以下の通りです。 contents <招待作品> 絆 他二篇 スミレ 5 入院総
今週の木曜日、仕事を休んで自宅で「芦屋芸術23号」の編集・校正に没頭した。金曜日は午前中事務所で仕事。午後から編集を続行。夕方五時半から友人と阪神芦屋近辺の小料理屋で食事。生ビールを一杯の後、長野と山梨の白ワインのボト
第一篇 死の対話 亡妻と旅行の計画をしていた。 洗面台の片隅に大きなゴキブリが死んでいた。 第二篇 裏側 山が消えていた 平野になっていた。裏側が見えた。 &nbs
悲しみが 重荷でなくなった トテモ軽くなった 綿菓子みたい だって 悲しみもまた 生きる楽しみのひとつ そうじゃないかしら 喜びだけが楽しみじゃない あなたを喪って 十一年 余
傾いていた だから 右肩なのか 眉毛なのか 唇 それとも弓なりの三日月なのか 判然としなかった とにかく 少し柔らかそうだったけれど わたくしは その上に 右手の人差指を置いてみた それでも
こんな短編集を読んだ。私の二十歳頃に買った本だが。 「炎のなかの絵」 ジョン・コリア著 村上啓夫訳 早川書房「異色作家短編集第6巻」 昭和44年2月28日再販発行 この本には二十篇の短編小説が収められ
灰色の空間に 大小さまざまな直方体が浮かんでいる 時たま見かける 小さな三角錐の物体 ちらほら ちらほらと 彼には浮かんでいることだけはわかっている だが 静止しているのか 移動しているのか ただ明滅してい
ボランティアってどういう意味か。ちょっとネットで調べてみたら、三原則があるらしい。自主性、社会性、無償性、この三つ。 今日は日曜日。朝の八時から九時まで芦屋浜の清掃作業をやっている芦屋ビーチクラブは、上の三原則を基礎
昨夜はスナックを二軒はしごして、それぞれゆっくり座りもせず、そそくさと帰宅した。十一時半ごろだった。 今朝は六時半から家事を始めた。平日より三十分遅刻。気になっていることがあった。ツツジの花はしおれ、家の表側も裏側も
正確に表現しようとすれば、こうだろうか。一辺一センチの立方体が十個棒状につながったチョコレートを彼は既に二個かじって食べてしまった。真正面にやはり頭が立方体をした白髪の初老の男が座っている。いや、あるいは立っているのか
恋の火は 二三か月続いて やがて鎮火した 燃えがらだけが残った 雨風に打たれて 崩れ 流れ去った 多少 心の底に まだ 焼け跡がこびりついてはいるが もうかれこれ十一年になるか こんな火災が たびたび起こっ
私自身があの花の香りをかいでしまったためであろうか。記憶の断片しか残っていない。それは長い手紙が引き裂かれ、風に吹かれて、千切れた破片数十枚が手元に残されていて、それらをつなぎ合わせている作業に酷似していた。あちらこち
もうなにがなんだかわからなくなった 靴の中から財布が出てきた そのうえ 赤いハイヒールだった
悲しみは書くことは出来ても 喜びを書くことは もう僕にはできないと思う 五月 花を見ても悲しく まして 失ってからこのかた 昨夜も ひとり酒 だが なぜ いま 歩いているのだろう この真昼に とりたてて あてはないけれど
先週はぺラゴス神戸という文章の会が日曜日の午前中にあってそれに参加するため、こちらの方は休んだ。きょうはこちらの方へ、こちらというのはもちろん芦屋浜のことだが、向かった。 やはり私のやる仕事といえば、毎回同様、芦屋浜
昨夜は従来になく早く帰宅した。午後十時半。別に飲み疲れたわけではなかった。多少夜遊びに飽きたのか。まだ春だけれど。 きょう六時半に起きて家事を済ませ、庭掃除をしている間にいつも集まって来るカラス夫婦、スズメたち、おそ
青空 雲 夕焼け 星 星 星 星 そして 二本の足
こんな長編の幻想小説を読んだ。 「死者の誘い」 W・デ・ラ・メア著 田中西二郎訳 創元推理文庫 1984年7月20日初版 著者はイギリスの幻想怪奇小説家。詩人。児童文学作家。日本では西条
しじまがあった。こんな言葉が口をついて出できた。未明。二時を過ぎたところだった。ベッドに仰向きに横たわって、まだ、瞳は閉ざされていた。けれど、はっきり、しじまがあった。この一節が鎖されたマブタに浮かんでいた。 音はな
一日が暮れてゆく きのうとは違った一日が 目の色が変わった 白くなった
悲しいままでいい そうじゃないか 愛した人を喪って 余計なこと 考えないで 悲しいままでいいじゃないか ちょっと 待て それがそうじゃなかったんだ 悲しい時もあったし うれしい時もあったし 酒がうまいし カ
葉書が出てきた。海と円錐形に突き出た島が描いてあった。黒い太い線。墨汁で描いたのだろうか。なぜかこの島には、ずいぶん昔、訪れた記憶があった。 脳裏に島内の風景の映像が走った。白い小さい浜辺。オリーブの林。青空に浮かぶ
どうしてこんな状況に立ち至ったのか。既に手錠をはめられていた。そして、背後から目隠しをされた。何も見えなかった。複数の人間がいた記憶は残っているが、何人いたのだろうか。黒い覆面で顔を覆っていたので、男だろうか女だろうか
昨夜は行きつけのスナックで九時過ぎまで飲み、一昨夜訪れたスナックへと流れた。ある事情があった。言うまでもなく、夜遊びの他愛ない事情ではあるが。しかし私のような低劣な男には、他愛ない事情の中で自分なりに生きているのだが。
めまいが した 音は しなかった 天井が 傾いている 破 れ た
穴が あいているから すべてを 忘却する 靴下ではない ごらん 足の裏から 記憶が 流れ 去っていく 刻々と
どこをうろついていたのかわからない。あれは舗道だったのか、それとも廊下だったのか、既に記憶は鮮明ではなく、頭の中に黄昏がやって来たのだろう、過去は薄い灰色の膜に覆われてしまった。結局、たどり着いたのは、長径五十センチ短
やましいことは なにもない このてのひらを みてください どれどれ
文学に対してさまざまな考え方があるのだろう、不勉強な私には皆目わからないが。文献学や語学などの世界は別として、私個人に関して言えば、文学は自分の好悪に素直に従って選らんでいけばそれでいい、そんな読書遍歴をしてきた。
昨夜はいつものスナックで遊んで、帰宅したのは今日の午前零時半ごろ。けれど、朝八時から始まる芦屋ビーチクラブの活動にどうしても本日は参加しようと思っていた。もう二か月間、私は芦屋浜の清掃を怠っていた。 六時に起床。家事
今週の木曜日は誘われて夜更かししてしまった。帰宅したのは金曜日の午前二時半ごろだった。ある事情もあって、昨夜は我が家でおとなしくして、早く就寝した。 本日、土曜日、亀の池の清掃日。朝四時に起きて、家事を済ませ、庭の掃
土砂降りの中を 傘もささず 歩いていた 靴下だけが 濡れていた
左の方から棒状の光が走って来て 左頬を打った すぐに左方を確認したが 何も見当たらなかった あれはいったい何だったのか 懐中電灯ではなかった なぜって 左には誰も立っていなかったから 枕元に置いてあるスマホを見たら 午前
その館に何が住んでいるのかわからなかった。いろいろな説があった。三人のゾンビを見た、そう証言するその地区の郵便配達夫までいる、そんな奇妙な噂まで彼は耳にした。それでは、いったいどんなゾンビだろう。 ニンゲンの死体が蘇
こんな本を読んだ。 「バロック協奏曲」 アレッホ・カルペンティエール著 鼓直訳 サンリオSF文庫 1979年5月15日発行 この本には中編「バロック協奏曲」と短篇「選ばれたひとびと」の二
先日この著者の「大胯びらき」という作品を読んだ。今回はこんな作品を読んでみた。 「怖るべき子供たち」 ジャン・コクトー著 東郷青児訳 角川文庫 平成5年6月20日改版45版 この作品の成
また、ここにもどってきた。もう二度と、帰らないと、誓ったはずなのに。 瞳が浮かんでいた。いったい誰の? おそらくは、あの……確かに浮かんではいるが、いかなる動力で空中移動しているのか、皆目わからなかった。そ
毎日、空気は、暖かくなったり、冷たくなったりを繰り返しながら、それでも気温は徐々に上昇しているのだった。 けさは、暖かくなっていた。 土曜日。恒例の亀の池の掃除日。昨夜は少し飲んで帰宅したのは本日午前零時半。未明、
どうやら 晴れの予報だし 未明に起きて 芦屋芸術のブログに作品を投稿するよりも 夜は熟睡し 朝五時に起床して 洗濯することを優先しよう 一週間ぶりの洗濯 そうして 午前中の仕事が終わって帰宅したら たまには 一日 ぶらぶ
ほの暗い路地だ。狭いといっても、幅一メートルもない、ほとんど線状路地とでも表現すればいいのか。 おおよそ十メートルくらい先は行き止まりになっていて、高さ三メートルほどのコンクリートの壁になっている。壁の左側には幅約三
それがそうじゃなかったんだ だったら これから どうなってしまうんだろう はっきり こうだと 言ってください どうか はっきり こうなんだと ええ 先生 そうなんです わかってください くるくる回ることもあ
風が消えた 夜が止まった 街路樹が沈黙した だが この闇の静寂の中から 息づかいがした 左肩の上 耳たぶのそばに 声が落ちた 来週の水曜日 あいてる?
こんな本を読んだ。 「大胯びらき」 コクトー著 澁澤龍彦訳 福武文庫 1994年11月4日第8刷 オシャレな青春小説だった。コクトーの趣味があちらこちらからにじみ出てくる気持ちがした。言