芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

聖なる場所

 ボクのワイフは生前、「亡くなったら散骨にしてね」、そう言ったかと思うと、夕方、芦屋浜を愛犬ジャックと一緒に散歩しながら、「樹木葬がいいかも」

 散骨がいいのか樹木葬がいいのか 、おととしの七月に彼女が亡くなってから、ボクはどちらとも判断がつかず、とりあえずダイニングの東窓の飾り棚に遺影と骨壷を置き、まわりを花々や懐かしい彼女の写真数葉、最後の海外旅行で見たエベレストの小さなポスター、亡くなった日の数ヶ月前の屋久島旅行で買った屋久杉製の男女二体のこけし人形。

 歳月には不思議な力があるのか、毎朝、花の水替えをしたり、数日おきに花を買って花瓶や空き瓶にそれを活けたり、そうこうしているうちに、いつのまにか、東窓の飾り棚がボクの聖なる場所になっていた。おそらく愛している人との死別によって、ボクの彼女への未練と愛欲が一年半余りひとり歩きしてこの飾り棚へ。ここは、誰のものでもない、ただボクだけの聖なる場所。ボクの純粋な妄想だけが住んでいる家。

 だから、ひょっとしたら、すべての人に、それぞれの聖なる場所があるのかもしれない。