芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

通夜

誰が言うともなく アア 貧しいからだ 貧しいから人並みの葬式さえやってやれないのだ 蜜柑箱を囲んだ 五六人の車座から シンミリつぶやく声が漏れている その額縁は まだ子供たちが生まれていなかった頃 妻と北陸地方へ旅行した

きょうから、亀さん、冬眠します!

 このところ寒くなって、彼等はご飯も食べなくなりました。池の中でじっとしています。  けさ、九時前、池から出して甲羅を洗ってやりました。しばらく庭で遊びました。  三十三歳のお年寄り亀は、まったく動こうとはしません。でも

ひとりごと

海を見ながら 芦屋浜を歩いていると 六甲山の 夕陽の中から 死別した妻の声が語りかけてくる こちらで生きているものはすべて死体です でも たまには 棺桶からフラフラ 立ち上がって そちらで散歩もします こちらも そちらも

思い出

あの森は とても淋しかったから できるだけ早く帰りたかった だから 毛虫のようなものをいっぱい踏んでしまった 足の裏は 緑色の汁で ねちゃねちゃした 浴室で 何度も足を洗った ボクにはそんな思い出もある

詩誌「リヴィエール」185号を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール」185号 発行所 正岡洋夫 2022年11月15日発行    この詩誌は、十四人の作家の詩作品十六篇、そして六篇のエッセイで構成されてい

詩誌「鳥」第83号を読む。

 過日、榎本三知子さんから詩誌「鳥」76号から八冊、まとめて送っていただいた。これが最後の八冊目だった。    詩誌「鳥」第83号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2022年十一月一日発行 &nbs

詩誌「鳥」第82号を読む。

 榎本三知子さんから送っていただいた詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第82号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2022年6月15日発行    さまざまな作品の中で特に私は、諸家みわ子の「ト

詩誌「鳥」第81号を読んだ。

 榎本三知子さんから送られてきた詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第81号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2021年11月1日発行    全体的に、積み重ねられた歳月を言外ににじませる作品

菊の花びら

 T君。  ここしばらくご無沙汰しておりましたけれども、その後貴君はいかがお過ごしでしょうか? 元来とても気丈で本質的に楽天家の貴君ならば高らかな哄笑さえ発してこのあさましい手紙を一読されるであろう、小生はそう信じて疑い

詩誌「鳥」第80号を読む。

 榎本三知子さんに送っていただいた詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第80号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2021年5月1日発行    この詩誌は十一名の作家が十六篇の詩を発表し、左記以

冬眠が近づいた亀たちと

 朝夕、冷え込む日々が続いている。けれど、きょうは朝からすっかり晴れて、きのうより少し暖かい。いつもより時間をずらして九時過ぎから池の掃除を始めた。作業しながら考えていた、来週くらいにこの子たちを冬眠させなきゃいけないな

一か月間、毎日一篇の詩を書き、その挿絵も描き続けた!

 先月「芦屋芸術」から出版した「フォト詩集 親水公園にて」は、私がブログに発表した作品をまとめたもので、今年の七月二十四日から十月一日まで、四十五篇の言葉と親水公園周辺の写真で構成されている。殊に九月に入ってからはほぼ連

狂人詩篇

A 会議室は 明かりが消えていたので 頭の上から懐中電灯を照らし 順次 めくっていると 頭骨もはずれて 激論の末 灰皿が飛んでいた     B 鼻を どっさり積み込んで 血みどろになった自動車がよろめ

小箱ノ中ノ暗闇デ

縦5cm 横2cm 高サ3cm ソンナ小箱ノ中ノ暗闇デ 僕等ハ黄色イ棒飴ミタイニ横タワリ 毎日 蓋ヲ見アゲテイル 身悶エシテ……   ……イツモ 身悶エシテ…… ソウダ コンナ小箱ノ中ノ暗闇デ 僕等ハタガイニ一

東京

 私は東京を歩いていた。東京、しかしこの言葉はあまりにも広大な地域を指示しているので、いったいどのあたりだったか、それを明らかにしなければ無責任のそしりを免れまい。確かにそうではあるが、田舎者の私には不明だ、そう言い訳す

詩誌「鳥」第79号を読む。

 榎本三知子さんから送っていただいた詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第79号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2020年10月31日発行    この詩誌は十二名の作家の詩作品十五篇、エッセ

研究室便り

 われわれは不純物を排除し、極めて純化された環境で実験を繰り返した。その結果、必ず一定の状態が再現するのを確認した。これによって、われわれはかく結論するのをもはや躊躇すまい。すなわち、この婦人患者の頸部はゴム状物質である

野間明子の「蒙昧集」を読む。

 ひょっとしたら夢は暗号なのかもしれない。そして、その解読が終わる頃、この世を去っているのかもしれない。言ってみれば、この本は、解読できそうでいて、できない夢、おそらく著者だけが死の瞬間、脳裏にすべての夢が帰郷して、すべ

ゆさり

五月の草原をゆくと ふくらはぎに 草がはえてくる そよそよ そよそよ ふとももにも草がはえて そよめいている やがて腰まわりから 顔のあたりまで すっかりおいしげってきた草を むしりつつ むしりつつ 青空へまき散らしては

長老

河のほとりに立ち 長老が 杖にて河面を打てば 水中から おおぜいの土左衛門が 這いずり出した     ◆   河原にて 長老は天幕を張り 幾千の歳月を数え 幾万の土の器を造った 汝生きよ 天に向かって

彼女

 私は妻の病状を危ぶんでいた。  体のどこかが具合が悪い、そんな症状ではなかった。精密検査をしてもどこにも異常はなかった。ただ、日を重ねるにつれ、妻の発言がトテモ正常とは言えない、ほとんど怪奇な状態が続くのだった。……最

半世紀近い昔の話

 今となっては、夢か現実だったか、わからなくなってしまった。それはともかく、私が二十代後半、新橋の神谷町に住んでいた頃、ある一夜の物語である。  どこで飲んでいたのかはもう記憶にない。ずいぶん酔っぱらっていたことだけは確

成就

 あなたは岸辺にしゃがんで水の面を見つめていた。水紋が午後の陽射しに反射して、あなたの顔には縞模様の影が揺らいでいた。どうしていいかわからずに、わたくしは黙ってそばに立ったまま、ただ池とそれを取り囲む樹林を前にして一行の

詩誌「鳥」第78号を読む。

 きょうも榎本三知子さんから送っていただいたこの詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第78号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2020年6月15日発行    これで76号から三号にわたって毎日

銀粉になって

城の夢を残したまま 宮廷住まいの鳥たちは死んでゆく   わたくしのふくらはぎには あなたのくちびるのかたちがいつまでも   でも 悔恨なんてしていない たったひとつの死があるだけだから  

詩誌「鳥」第77号を読む。

 きのうと同じく榎本三知子さんから送られてきたこの詩誌を読んだ。    詩誌「鳥」第77号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/元原孝司 2019年12月1日    一通り読んで気付いたことは、同人に八

足首

うすらいでゆく花園。 この後頭部は、もうすっかりうすらいでゆく花園。 ぼんやり暗くなってしまった。 とうとう頭に夜が来たのか。   後頭部の花園にローソクをともすと、 火は火を招いて、 花びらへめらめら移りゆき

詩誌「鳥」76号を読む。

 榎本三知子さんから詩誌が送られてきた。彼女とはずいぶん昔、「土星群」という同人誌でご一緒した。私にとって詩作を通じて出会った懐かしい人の一人だった。    詩誌「鳥」76号 編集者 佐倉義信/なす・こういち/

貴公子の一夜

   四月の貴公子がかぼちゃ造りの馬車に乗ると、ナノハナの編上靴を履いたフォークとナイフの馭者たちはツツジの鞭を振りかざし、数えきれないモンシロチョウは馬車をヒラヒラ引きずりながら、春の向こうへ、季節の彼方へ。

夢をさわる指

夢を見ているところを のぞかれていた やがて 頭の南の方角から 一本の指が出てきて 耳の穴を突きとおし つんつん 夢をさわっていた   しばらく つんつん していた  

迷子の亀がやってきた!

 けさ七時ごろから池の掃除を始めた。だいぶ水が冷たくなっている。これからは日に日に冷たくなっていくのだろう。  この日曜日の夕方、ご近所のご夫婦がワンちゃんと散歩している際、道路を歩いている亀を見つけた。顔を合わせばよく

たきぎ

午後三時 この団体は 各自一頭の羊を曳き やぐらの下に結集した やぐらの先端は 雲に隠れている 各自一頭の羊を背負い 天に向かって 順次 梯子をのぼると すっかりたそがれ 夕焼け雲の中に彼等は消えた 深夜になって 闇の空

一九五〇年代のボクの思い出から

           ―見世物小屋にて   「世紀の謎、世界の不可思議……」 狭苦しい小屋の片隅で 香具師は前口上をまくしたてている 彼の隣に立っているのが所謂「世紀の謎」 見れば「世紀の謎」の左腕は いちめん

なおも立ち尽くす

天上の月と 池に光った月の間に 案山子は立ち尽くす   刈り入れは終わり 激しかったあの夏草の命も絶えて   天の月と 地の月の間 落ち葉と 枯れ草の間   なおも案山子は立ち尽くす

満月の方角

 鴉の仮面をつけた忍者が、 満月を浴びて黒光りしている屋根瓦の上を滑っていく。その後ろから白装束の天狗が、水に濡らした白足袋をはいてひたひた迫ってくる。一瞬、忍者の顔はクルリと背面へ百八十度ねじれた。天狗に向き合った鴉の

あやめとはまぐり

 その一 あやめ   はるさめにじっとりした帯をとき あやめの一夜がはじまりました 五月闇に沈んだ池のほとりから   あがりかまちまで あやめはわらじをはいて 引きずって 宿のぼんぼりに浮かんだ濃い紅

左目ハ右目デハナイカ

鍵穴ハ 誰モガソウ信ジテルヨウニ 外部カラ内部ヲ開閉スルタメノ マタ 内部カラ外部ヲ開閉スルタメノ 扉ノ付属物デハナイ ムシロ現代ノ研究デハ 外部カラ内部ヲ観察スルタメノ ソレトモ 内部カラ外部ヲ観察スルタメノ 唯一ノ窓

腹の中

腹の中には やかんがある   腹が立つと 水は煮えたぎって狂う   腹が座ると 水は冷め 底の方からひえびえしてくる   腹が減ると 水の表面が騒がしくて とても眠れやしない  

野原に一本の黒くて長い柱が立っていた ちょうど画用紙のまんなかを 上から下まで太い墨の線を引いたみたいに 空といちめんの草が生い茂る風景を二分していた わたくしは昔からそんな草むらで暮らしている 草の実を食べたり 昆虫を

キョウモ池ヲ引キズリナガラ

稲光デ 頭ガ裂ケタ ソコニ雨ガ溜マッタ 耳カラ 鼻カラ 口カラ アラユル穴カラ雨水ガ溢レタ 溢レテ足ヲ濡ラシタ タチマチ足下ハ池ニナッタ 万物ハ水デアルカ 雨ガアガッテ 天ハ晴レテモ 夜明ケカラ 日暮レマデ 私ハ池ヲ引キ

Jの湿気

 確かに声は床から聞こえてきた。……  この物体の前面上部には横長の楕円形になった穴が開いていて、そのまわりにクチビル状の人造肉が取り付けられている。音声を発する際、物体内部から穴を通って外部世界に湿った気体が送られるら

わびとさびの世界

 このしわが、  名人芸というものです。   住職は畳の上に白布をひろげ、五六人の参会者の前で、もう数十年来使い古された湯呑茶碗を置いた。正座していた彼等はすり寄り、身を乗り出して、嘆息を漏らした。誰か合図した

「フォト詩集 親水公園にてー夏から秋へ」が出来ました!

新しい詩集が出来ました。    「フォト詩集 親水公園にてー夏から秋へ」 山下徹著 出版芦屋芸術 発行日2022年11月19日 定価千円   表紙絵は山下哲胤、扉の水墨画は清位裕美が描いています。 今

法則と絶望

 突然フィルムが逆転したのか、床に粉みじんになって散らばっていたガラスの破片が、落下した時とは逆コースをたどって宙に浮かび、テーブルの上でもとのコップに復元されていた。  ここで吉月君の制作した科学映画「反熱力学第二法則

夢と粉末

 氷の地区はやはり実在していた。  この実在について私はもうこれ以上あなたがたと議論はすまい。確かに彼等は粉末を常用している。その結果、彼等の体温は著しい低下をまねき、既に氷点下に達している。事実、外気と触れ合った彼等の

修行

箸を置いて 茶碗を見つめている    お願いいたします   深夜の道場で 膳をはさんで対座したまま やおら オコゲのついた飯粒を箸でつまみ ためつすがめつ眺めて かく語った    先生 まぐ

亀、私に寄りそう。

 冬眠が近づいてきた。もう一か月余りすれば、来年の春まで亀は眠りにつく。  朝七時過ぎから池の掃除をしたが、その間、庭を徘徊している亀の動きもかなり鈍くなっている。しゃがみこんで池を掃除している私の周辺をゆっくりお散歩。

足の夢

ウォークインクローゼットの片隅に 脱ぎ捨てられたまま 八年間 パンプスの中敷きには まだ 足裏の形が    久シブリネ   足をください  ねえ その足をください   その足を もう一度…… &nbs

香木を握りしめる男

                           終日 死のうと思いつめたら                            茶碗まで生物に見えてくる     雨夜がある 香木を握りしめる男