芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

一九五〇年代のボクの思い出から

           ―見世物小屋にて

 

「世紀の謎、世界の不可思議……」

狭苦しい小屋の片隅で

香具師は前口上をまくしたてている

彼の隣に立っているのが所謂「世紀の謎」

見れば「世紀の謎」の左腕は

いちめん ウロコに覆われていて

手の甲は蛇の頭になっている その手を返せば

手のひらの中央部から

赤い舌を出し

人差指と薬指の第一関節のあたりに

それぞれオレンジ色のビー玉に似た目玉がギラギラ光っている

やおら「世紀の謎」が

手のひらを前に突き出すと

その目玉の真ん中の黒い瞳孔が

小屋一杯に詰め込まれた二十人余りの立ち見客を威嚇する

客は気味悪くてあとずさろうとするが

小屋が狭くて蛇の手が客の眼前にまで迫って来る

 

「さあご覧くださいませ」

香具師が一礼して挨拶を終えるや否や

「世紀の謎」の蛇の口が裂けるように大きく開いて

謎自身の左足をズルズル吞み込みだした

誰かが悲鳴をあげた

それでも客は既に金縛りにあったのか 不動のままだ

すっかり自分の左足を呑み込んでしまうと

謎は右足も「すっかり」ズルズルやってしまった

「もっとです! もっとやります!」

香具師は狂ったような笑みを浮かべ 天井を仰いで叫んでいる

どうだと言わんばかりに自分の右腕も頭も首も呑み込んでしまった謎の口は

胴体と左腕だけで宙に立っている

小屋の中は息をのんだように静まり返った

さらに「世紀の謎」は

胴体も呑み込み

ウロコ状の左腕さえしゃぶり出した

いまや蛇の口が「世紀の謎全体」を呑み尽くしてしまったのだ

中空には口の穴だけが浮かんでいる

「どうぞ触ったり 覗いたり してやってください

噛みつきやしません

ぜったい噛みつきやしませんから

ご安心ください

どうぞ

サ サア どうぞ どうぞ

サアサア 触ったり覗いたり どうぞしてやってください

お客さん もっと近づいて

もっともっと

サア どうぞしっかり確かめてやってくださいまし!」

香具師は有頂天になって叫び続けた

急に照明が消え

闇に沈んだ

阿鼻叫喚が聞こえていた